フォト
2018年5月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

カテゴリー

無料ブログはココログ

葛西佐紀

2018年5月12日 (土)

“ワタシ ノ シルシ” ~by葛西佐紀

5月の連休明けから、私は新しいバイトを始めた。
銀鱈の西京焼きが飛び切り旨い、青い鳥公演でもお世話になるあの弁当屋、Kである。

仕事としては主に何種類かの副菜を折りに詰めていく単純作業、

お新香は左上、その下にサラダ、その対面には煮物、その横は玉子焼き、等々。
私はこの手の仕事は結構好きなので、何とかなりそうなのだが・・・

途方に暮れるのは、人の名前である。

「こちら今日から入った葛西さんです」
「こちらは田中さんに、中村さん、佐々木さんです」・・・と会う人、会う人紹介される。

葛西さんは一人だけど、向こうさんはウジャウジャなのだよ!!
「よろしくおねがいしま~~す!」と頭を下げて、次に頭を上げた時には
????アレッ????

「一度に覚えなくてもいいから、オイオイね」と言われても、

否応なく、ジワリジワリと不安と疑念が暗雲のごとく立ち込める。
本当に時間をかければ覚えられるのだろうか、と。


その元凶は制服にある。

まず、モジモジくんのような被り物に、髪の毛一本たりとも逃さず入れ込み、
その上から鎖骨まで隠れるヒラヒラ付きの帽子を眉毛まで被り、その上から上着を
首までピッチリ止め、エプロンをし、帽子の上からマスクをして完成。

露出しているのは目ん玉のみ、上半身白ずくめ。

背の高い低いは多少あっても、それは多少であって、日本人の平均身長を大きくはみ出さない、ときたもんだ。

山田さん、鈴木さん、佐藤さん・・・と言われても、何を手掛かりにすればいいのだと
私は頭を抱え込むことになるわけで・・・


「未知との遭遇」でUFOから現れる宇宙人は、“宇宙人”という特徴はあるが、
個々の特徴を持たない

――いや、彼らとしては何らかの差異があるのかもしれないが

彼らが目の前に20人いるいるとしよう。

こちらが宇宙人のサム、ダニエル、ビル、キャサリン、ジャック、ジェシカ、エバ・・・

彼らをシャッフルしてから
「葛西さん、分からないことがあったらダニエルに聞いて、彼が班長だから」

・・・・・・ダニエルっ・・・ダニエルって・・・どれがダニエルなのよぉぉぉ~~~

という状態だといったら分かってもらえるだろうか

特徴が無いということがこれほど恐ろしく、
これほど頭が混乱するとは思いも寄らず、の私なのである。


シミがあるだの、眉毛が薄いだの、八重歯があるだの、目が大きいの小さいの、
皺が多いの少ないの、肌が白いだの黒いだの・・・

良しも悪しも、その人をその人たらしめる一つ一つの特徴は、何はともあれ

“ワタシ ノ シルシ”として好いてあげないとなぁ~

と改めて思った次第の今日この頃なのだ。

2018年4月12日 (木)

見上げる~ by葛西佐紀

樹齢ウン十年の大木がバッサ、バッサと切り取られ、畑がなくなり、茂みが消え
そして、ここ最近、野良ネコの姿を見かけることが、めっきり少なくなったのだが・・・


この間、散歩の途中、茶トラのその猫は、お座りして見上げていた。
空を見上げていたなんて言わないぞ、
多分、小ちゃな羽虫なんぞを目で追いかけてでもいたのだろう。

しかし私はその<見上げる形>の美しさに、ハッと息をつめ
思わずジィーーーーーーーーッと見入ってしまった。

私の視線に気がついたその茶トラは、射程を捉えたかのように、ヒタッと私を見て
それから、フンと鼻を鳴らして(そんなきがしたのだ)去っていった、のだが・・・


私は歩きながら思った


<見上げるという形>のなんと美しいことか!

例えば、想像してみよう

ホームレスの男が大きな荷物を脇に置いて、高層ビルを見上げている。。。

警備員の青年が、夜中の道路工事で赤いライトを振る手を止めて、月を見上げている。。。

霧の中のマウンテンゴリラが、すっくと遠い山を見上げている。。。

蛙が雨粒の先の空を、ひつじが風に揺れるミノムシを見上げている。。。

。。。ああ~きりがない。。。

見上げるという行為が、とてもじゃないが無理そうなカバが、サイが、空の鳥を見上げる、
とこっちも無理くり仮定したとしても、

それだっても、何だか重厚で美しいではないか。。。。。。。。

。。。想像の輪っかから抜け出して


私は歩きながら思った

<見上げるという形>のなんと美しいことか!

茶トラの、その<見上げるという形>に
私は生きているという、美しいかたまりをを見つけたのだと

そして、眼差しを持つことの崇高さを、その形の中に見つけたのかもしれない・・・なんて。


そんなこんなで、さてさて

私もチョット立ち止まって、<見上げるという形>やってみた。
とりあえず、団地の上に乗っかっている水タンクでも・・・


ああ~何だかちょっと気持ちがいいではないか!!

2018年3月11日 (日)

いざいざ、いざぁ~~  by葛西佐紀

奇しくも、今日、7年後の3月11日

演出家と演出助手と役者3人は

Dsc_2342_2

この大荷物を抱えて、固定稽古場に入った・・・そして

芹川は、現場監督というもう一つの才能をいかんなく発揮し・・・(いつものように)
渡辺は、鼻を膨らませ喜々として動き回り・・・(いつものように)
役者3人は、衣装転換の場所を確保、整え・・・(いつものように)

そう、いつものように、そうやって、いつだって、
ここが束の間の、私達の居場所になる

Dsc_2346

芹川がしみじみと呟いた
「私達、いつだって、どこだって、あっという間に馴染めちゃうよね・・・」

私もしみじみ、そう思う。

天衣が発声練習をしている
天光が化粧道具を並べている
芹川がコーヒーを飲んでいる
渡辺が横でパンをかじっている

いつもと変わらないこんな時間と、こんな景色が
たまんなく愛おしい

こうやって演出家芹川と、演出助手渡辺に見守られて稽古できることが
たまんなく嬉しい

この気持ちを抱えて、私達、東北へと向かいます。

気仙沼の、岩泉の皆さんにいっぱい、いっぱい喜んでもらえるよう

青い鳥はいっぱい張り切ります。

もうすぐです!!

皆さま、東北のかの地でお会いしましょう!!!ねッ!!














2018年2月12日 (月)

ああ~觔斗雲だっ ~by葛西佐紀

先日、泣きたくなるような夕焼けを見た。


孫悟空の乗り物の觔斗雲はかくや、と思うほどに圧倒的な金色の雲。

(ちなみに私は子供の頃からずっとキントン雲、おせち料理の金団雲だと思っていた。
 觔斗雲だと知ったのは、随分大人になってからである)

雲が金色に奥深くまで輝いて、その背景は真っ青な空だ。
泣いたわけではない、“泣きたくなるような”、なのだ。


ああ~世界はなんて美しいんだろう、なんてすごいんだろう!

ああ~私は今、地球の上に立っていて、そして、これを見ているのだ!

ああ~ああ~~~生きているってこういうことなんだぁ~!!

と、私はあっけなく、手放しに納得するのだ。



こういう幸福感は悲しいかな、2、3時間もすれば、これまたあっけなく、
些末な多事に掻き消されていく運命にあるのだが


だが、しかしである。

もし、“人生の原動力”というものが、その人の中に生まれる瞬間があるとするならば
まさにこういう瞬間ではないだろうか・・・


2月4日、ひたちなかSOU・SOUの「銀杏の樹の下で―大空の記憶2018」を観た。
その勢いと力と煌きが客席に怒涛のように押し寄せ、そして、満たされて・・・

そして私がいつも思うこと、
東京A・SO・BOでも大阪A・SO・BOでも、いつも思うこと、
 
この心地良い、胸苦しさは何なんだろう・・・
この心地良い、痺れるような切なさは何なんだろう・・・


たぶん、それは彼女たち一人ひとりが、それぞれに
その“人生の原動力”を手にする瞬間を、目の当たりにするからなんだ、きっと。


そして、きっと、そういう瞬間に立ち会う私にとってもまた

金色の雲が輝くあの夕焼けと同等の、同質の

言葉にならない、まさに“泣きたくなるような”瞬間なのである、きっと。


私は、いつも、羨望の思いと共に、
彼女たちから“人生の原動力”を充電させていただいているのである。























2018年1月12日 (金)

私はまだ・・・ by葛西佐紀

子供の頃、私はとてもとても怖がりだった。

隅っこの暗がりには、得体のしれないものがジッと潜んでいたし
夜道を骸骨にガチャガチャ音を立てて追いかけられた。

ポットン便所の暗がりから緑の手がにゅ~と出てくるのだし
赤ん坊の日本人形のカミソリで切ったような糸蟇目はギロッと動く。

そして、夜の電信棒の上にはピエロが立っているのだ。

暗闇が纏わりつくと、何でもかんでも怖くて怖くてしょうがなかった。
でも、でも、お母さんもおばあちゃんは平気な顔してるし
だから大きくなったら怖くなくなると思っていた。

ところが、そうは問屋が卸さない!
さすがにガチャガチャ骨を鳴らして追っかけてくる骸骨からは解放されたが
今だに、子どもの頃はね・・・という昔語りにならないのだから、困ったものだ。

電気を消して寝る!という恐ろしさに、私は今も太刀打ちできないし
ましてや間接照明の薄暗闇を無視して布団を被るなんて暴挙に出る勇気はない。

糸蟇目の人形はお尻のスがウズウズするし
月の影は、日の影と違って何だか異形の者のように揺れて

夜道、ことに風の強いときなぞは、電信棒の上にピエロがいる・・・と思うだけで
背中の皮がゾワリと浮き上がる。

この怖がりは、私の中に深く沈殿してしまって、なかなかの頑固者なのだ。

ひょっとしたらあらゆる感情の沈殿物は、

歳月というフルイをかけてもなお残るこれら沈殿物は、
“私”という謎だらけの物体を紐解く手がかりなのかもしれない・・・


いろんなことからなかなか卒業できない私は、そんなことをツラツラ思ってみたりして・・・


ずっと以前「もう頬杖はつかない」という映画があった(確か主演は桃井かおり?)

今私は、このブログを喫茶店で書いている(勿論、ノートに手書きで)

頬杖をついて書いている。

そう、私はまだ、頬杖をついている。
                      


そんな私が、平成30年のご挨拶

皆々さま、今年も心湧きたつ一年でありますように!
私も天光さんの「ご機嫌さん」を目指しま~~~~~す!!

2017年12月12日 (火)

♫あの時君は若かった~♫ by葛西佐紀

おおよそ40数年前、私と芹川は双子だった・・・ことがある。

以前ブログに登場させた「嬢ちゃん、ライオン日和です」の双子の姉妹

空飛ぶファンフランファンの靴、
自らから解き放たれた心の象徴であるファンフランファンの靴を求めて
双子島に船出する姉つむぎ(葛西)と妹かすり(芹川)

その写真がこれである。

Kasai_2

青い鳥の断捨離用ダンボールから、からくも拾い出した一枚である。

自分で言うのも全くもって恥ずかしい限りであるが、敢えて言わせていただくと


嗚呼、なんとあどけない(ウフフ!)幼気な(テヘッ!)二人であろうか!!

まさしく、この時私たちは“嬢ちゃん”だった。
そして今、私たちはとっくに“おばさん”を通り越して、世間でいう“高齢者”の域に入っている。

そしてこの写真を見ながら思うわけである

この眼差しの先で、多くの紆余曲折を、山あり谷ありを重ね

この眼差しの先に、沢山のうれしい出会いと数々の切ない別れがあり

そして、そして・・・
この眼差しの先に、A・SO・BOのみんながいて、
大阪のみんながいて、ひたちなかのみんながいて・・・・・・

そんな予想もつかない未来があることを、この時誰が想像しただろう・・・

♫あの時君は若かったぁぁぁ~~~ と口ずさんでみたりする・・・
                     。
                     。
                     。

この眼差しの先の続きの今年が終わろうとしている。
喜びと感謝を込めて、皆々さまほんとにありがとぉ~~~

そして、そのまた続きの来年が始まろうとしている。
皆々さまの想像を絶する喜びが、クラクラするような喜びが待ってますようにぃ~~~

 

2017年11月12日 (日)

そういえば~ by葛西佐紀

風邪をひいた

熱が出た

仕事先の近くの病院に行った

医者が「熱、計りましょうね」とピストルのようなものをオデコに付けた。ピッ!
医者は「8度3分もあるじゃないですか!」と驚いた。

だが私は、そのあまりの早業に驚いた。
ピッ!たったのピッ!1秒にも満たないピッ!なのだから!!

そして定番の解熱鎮痛剤、抗生剤、咳止め、胃薬をたんまり出して頂いて
仕事場に戻ったわけであるが・・・

そういえば、子供の頃は風邪をひいたといえば、“お尻にペニシリン”だった。
で仕事先の子にそのことを言ったら
「えっ~~お尻に注射打つんですかぁ~~いやだぁ~何でお尻なんですかぁ~~」って。

いやいや、何でって、私にも何でだか分らんが、
とにかく風邪をひいたらお尻にペニシリンだったのだよ、あの頃は。
金属のヘラでウェーッだったんだ!薬は粉薬で、紙に包んであったんだ!
体温計は10分ぐらいは計っていたんだ!!

だもの、ああ~私はほんと遠くに来てしまったんだなぁ~ってつくづく思うわけである。

そういえば、私の家「ゆでたまご」の“ボッコリの遠足”でヤッコリの家庭事情を地でいく
ビンボービンボー、ビンボー・ダナヲ(淡路恵子の最初の旦那さん)だったもんで
波多野医院の診療代、いっつもつけだったなぁ

波多野先生「いつでもいいよ」って言ってくれて、お母さん頭を下げていたなぁ~

そういえば、片腕がない魚の御用聞きのおじさん、私は少し怖かったけど
お金は今度でいいよって、お魚、たまに置いていってくれた。

そういえば、黒い毛糸の帽子のエルビーの太ったおばさん、
余ったからってエルビーを時々縁側に置いていってくれた。

そういえば、隣の名川さんのおばちゃん、「いいの、いいの」っていって
ご飯(お米じゃなくて)時々持ってきてくれた。

お母さん、たくさんの“時々”やら“たまに”に助けてもらってたんだなぁ
で、私はそのおこぼれで大きくなったんだなぁ

それにしても・・・それにしてもだよ、ああ~~ほんと私は遠くに来てしまったんだ・・・・・・


熱は下がったけど、なんだかフワフワする頭でそんなこんなを思ったりして・・・・・・

・・・ン?チョット待てよ、ン?!・・・波多野医院の診療代のつけ、完済したのだろか・・・
半世紀以上経ってるから・・・“つけ”に時効ってあるのだろうか・・・








2017年10月12日 (木)

生まれて初めて! ~by葛西佐紀

今朝(10月11日)、玄関を出ると朝もやが立ち込めていた。
高原でもないのに玉川上水の木々達は白く霞んでいる。
幻想的とまでは、幽玄的とまではいかなくても、鳥の声は静けさを際立たせ
辺りはとても新しく、何だか生まれて初めての道を歩いている気になって、
かなり感動ものであった。

そうそう、8月のブログで生まれて初めて焼肉屋さんに行ったのは、芹川氏とだった、と
書いたっけが・・・

そういえば45年前、生まれて初めて穿いたへそ下までの小さなパンティーなるものは、
芹川、天光両氏からのプレゼントだったっけ。

そういえば、生まれて初めてジェットコースターに乗ったのも、馬に跨ったのも、
パラセイリングで空に舞い上がったのも、芹川、天光氏と一緒だった。

生まれて初めて水深50センチのところで溺れかけたのも
クッキングワインで泣きながらゲロはいたのも、
この人達の笑顔の前だった。

「もう~もう無理、これ以上は食べられませ~~ん」と叫びながら生まれて初めて
吊り上げられたマグロのように寝ころんだ横で、
そういえば、この人たちもマグロになっていた。

生まれて初めて、肝試しで死ぬほど恐い思いをしたのも、
生まれて初めて、震えるほど悔しくて、どうしようもない思いをしたのも、
生まれて初めて、笑いすぎで、翌日胃のあたりが筋肉痛になったのも、

この人たちと一緒だったんだ。

ほんとうにたくさんの“生まれて初めて!”をこの人たちとしてきたんだ。

だからといって、どってことないのだけれど、
ただ、それだけのことなのだけれど、

ただそれだけのことの時間を、ワタクシだけの永遠として抱えているのだと思うと、

それはそれで、なんと甘やかな一瞬一瞬なのだろうと・・・
今思ったりするわけで・・・

・・・・・・・・・
・・・冬に向かう肌寒さが私にこんなことを思わせるのかもしれない・・・

そして

明日、また、“生まれて初めて!”の一日が始まる、のだ!!



2017年9月12日 (火)

まぶしいいぃ~~~ by葛西佐紀

「ちょっと、でかけていますので→」の台本を書いていた夏、私はずっと考えていた。

ほかのどの季節よりも、夏に子供の頃のことを思い出すのは何故だろう・・・
何故夏なんだろう・・・・・・と。
そして、カンカン照りの道を歩いて、いきなり降ってきた答えは

ああ~、夏の光の、この眩しさのせいだ、
輪郭がぼやけるほどの、クラクラする眩しさが人の記憶を呼び覚ますのだ!!だった。

眩しい➡眉根を寄せ目をシバシバさせる➡何だか喉の奥の方がキュッとなる

➡すると何だか今度は胸の奥の方が切ない気分になってくる、あくまでも気分に

➡で次に、どうして私は今ここにいるんだろうなんて思ってみたりする

➡振り返る時間、そして情景➡記憶の泡がはじける

とまあこんな具合ではないかと。

(カミュの「異邦人」だったっけ、主人公の殺人の動機が太陽があったから、というのは)
私の場合はそんな哲学的、象徴的、頽廃的ではないのだが


夕立の後のムワッとする湿った土の匂い、カサカサの砂利道、
銭湯の帰り、姉と内緒で食べた凍った三角ジュース、幻燈会の安寿と厨子王、
庭に咲く赤い紅葉葵の花、黄色のてっぽう水仙、
母さんが扇ぐうちわの風、たまにしか帰らないお父さんの車の音・・・・・・

思い出せることなんて限られている、
しかし思い出すことのない、けれど私を形づくる無数の記憶を抱えて夏は過ぎていく・・・


そして、今年もまた、その夏のシッポを惜しみながら、
そこまで来ている秋の風に、私は鼻先をくすぐられている。


「ちょっと、でかけていますので→」のパンフにこんなことを書いている。

 風はいつだって新しい。過去に思いを寄せることも、未来に思いを馳せることも
 風に吹かれながら、今の自分を思うことに変わりはない。     
 今を愛おしく思うことに変わりはない。


ああ~~夏の終わりは何だか、やけに切なくて、やけに愛おしい!!

2017年8月12日 (土)

ニクッ!!の日~ by葛西佐紀

「毎日が夏休み~葛西バージョン」を書くつもりだったのだが、急遽変更だっ!!

8月月11日、芹川さんの誕生日でもあり、山の日でもあるこの日に、青い鳥の暑気払いを兼ね、夏型誕生会と銘打って狛江の焼肉屋さんに集合した。

テーブルに着くと既に炭が赤々として、「さあさあ、存分にニク、食ってくれ!」て感じだ。

先ずは飲み物を注文して、肉はカルビだ!タンは塩だ!ああだこうだと能書きたれながら
お肉とサンチュとキムチと山盛りのご飯を注文。

その間にも私たちの食欲をそそるように炭は絶好調に燃えている。

しばらくして飲み物がきて、芹川さんの音頭で乾杯!!!したのに・・・
さあ、食うぞと口も胃袋も準備万端整っているというのに・・・

肝心のお肉がやってこない・・・なかなかやってこない!・・・肉がこない!!

その間にも私たちの食欲をそそるように炭は絶好調に燃えている。

そういえば、「入り口に従業員が少なくて、そこのところひとつよろしく!」的な張り紙が・・・


赤々と燃える炭に手をかざしながら、芹川が長閑な囲炉裏端の小芝居を始める。
「んだなぁ~、お盆だもんなぁ~~」
「んだな~~」と渡辺が手を温めながら相槌を打つ。
「ニク、食いてえなぁ~」「んだな~~食いてえなぁ~」「牛一頭分持ってこいやぁ~」「んだ、んだぁ~」

そうこうして遊んでいると待望のニクッ!!がやってきて・・・それからはもうもう・・・

葛西は追加注文の番号を読み上げのに忙しい、近内はそれをタッチパネルに打ち込むのに忙しい、渡辺は火の調節に忙しい、天光はご飯にキムチで忙しい、長井はニクの配分に忙しい、天衣、高彩は静かに忙しい、そして、芹川は・・・アッチコッチに忙しい!!

その間にプレゼントの渡しっこをして、ありがとうが飛び交い、
そして私達はあっという間にデザートまで食べ終わっていた。

そして渡辺が嬉しそうに、ひと言
「いつも、いっつも、今回は落ち着いて食べましょうねっていうのにねっ」

渡辺のニッとしたその笑顔が二度とない今この時の幸せの証のようで、
私、胸の奥のほうがツーンとした・・・そうだね、忙しいも美味しいのうち、口福のうちだね!


帰りの電車の中でフッと思い出した。

上京して生まれて初めて焼肉屋さんに行ったの、芹川さんとだったなぁ・・・

その振り返る時間が余りにも遠くて・・・なのに余りにも鮮やかで・・・

嗚呼ぁぁぁ~~~全くぅぅぅ~いやになっちゃう、涙もろいお年頃だになったもんだ!
今、電車の中だゾイ、と鼻をかむ私であった。













より以前の記事一覧