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葛西佐紀

2018年9月11日 (火)

「私のお尻をたたくもの」~ by葛西佐紀

今、わたしを突き動かすもの

――私は、どうやらアコガレているらしい。
   ずっと、ずーっとアコガレているらしい。
   では何にアコガレているのか・・・・・・それがわからない。
   確かに胸の奥のほうで切望しているらしいのだけれど、
   それが何なのか、わからない。

   充実した達成感?共有できる感動?・・・・・・
   勿論、そういう状況に身をおくことは私にとって幸せなことではあるのだが
   このアコガレというのは、どうやらその部類ではないらしい。

   喫茶店で珈琲を飲んでいるとき、無性に泣きたくなることがある。
   風に吹かれて道を歩いている時、長く伸びた自分の月影を見た時
   突然泣きたくなる、あのわけのわからなさと同質のもの、
   寄ってきたる処を同じくするもの・・・(中略)・・・

   どうやらこの得体のしれない、けれど無尽蔵なアコガレが、
   私のお尻をたたき続けているらしい。――

これは2002年「TokyoParisLondonSAKURA」のパンフレットの私の文である。

先日、たまたま事務所でこれを読み返して愕然とした。

変わってない!あまりにも変わってない!!のだ。

15年という“時の旅路”は私を意欲的人間にすることもなく、
熱く切望する未来図を手にすることもなく
かといって尾羽打ち枯らすこともなく
その“アコガレ”の正体が暴かれることもなく

相も変わらず、あの時の私が、今の私の中にいるのだ。

少しは賢くもなって、理路整然と自分を突き動かすもの正体
そのアコガレの正体のシッポぐらいのことについてでも語れればいいのだが・・・

まあ、まあしいて言うなら・・・恥ずかしげもなく言うなら・・・

胸をかきむしるほどの生きている実感、とでもいおうか
ただ、それだけのことかもしれない・・・のだ


そして2018年9月23日、その日がすぐそこに!

アコガレて私は、
青い鳥の「普通の人々」は、
大槌町の人々に会いに行く。ドキドキとワクワクを両脇に抱えて!!

いざ、おしゃっちへ!いざ、いざ、いざぁ~~

   

2018年8月12日 (日)

真夏の出来事 ~葛西佐紀

私の足の上をゴロゴロが横切った
さして痛くもないが、驚いてアッ!と声を上げる私
その声に振り向いたそのゴロゴロの所有者と顔を見合わせたが
彼女はそのまま立ち去った

私の中で、ザッブ~ンと波の音が聞こえた・・・ような気がした

電車の中、私の横に杖を突いたお年寄りが乗ってきた
前の座席で男の子がゲームに夢中になっている
私はその子の肩をたたいて、杖のお年寄りのことを教えると
いやいやながら席を譲った、のだが
どうやら前に立っていた男性が父親、横に座っていたのが母親だったようで
私はその二人から睨まれた

私の中で、ザザザ~~ンと波の音が聞こえた・・・ような気がした

明日は燃えるゴミの日だ
忘れないようにと玄関のところに置いておく
次の朝、駅で気が付く、アッ!
どうやら私はそのゴミをわざわざ、ご丁寧に跨いで出てきたようだ

私の中で、チャップ~ンと波の音がした・・・ような気がした

ある日駅のホームで、ヨチヨチ歩きの子供が母親に向かって
前のめりに突進して、がむしゃらに抱きついた

私はボ――ッとベンチで見ている
アレ??なんだ?この感じ・・・

遠い、遠い記憶
一瞬ヨチヨチ歩きの自分がお母さんにしがみつく幻影を見た・・・ような気がした

きっと、この暑さのせいだ、そうに決まっている
暑さで脳ミソがヘロヘロになっているんだ、そうに決まっている


そういえばこの間A・SO・BOで、久しぶりに芹川さんに会ったとき
何だか無性に抱きつきたくなった

悲しいかな、大人になってしまった私は
じゃまっけな分別と、愚にもつかない羞恥心で思いとどまるのだが
その代わりに、涙が出そうになった

一瞬子供の時の私に戻った・・・ような気がした

これもこの暑さがなせる業なのだろうか

ああ~~これも、それも、あれも!!

全てこの猛烈な暑さのせいにしたくなるほどの
それで全て片を付けてしまいたくなるほどの

フライパンの上の炒り豆になったような、今年の真夏である

2018年7月12日 (木)

吹き飛ばされた、その先~by葛西佐紀 

それにしても、凄かった!昨日の朝焼けは!!

東の空をオレンジ色と薄紫色と薄桃色が混じりあって、雲たなびくさまは、
天上より笙やヒチリキの雅な楽の音が聞こえてきそうな

地上の私たち、ささやかに毎日を育む私たちを
一日の始まりに祝福してくれているような、そんな朝焼けだった

うれしいのに、何だか切なくて切なくて・・・


それにしても、凄かった!大阪八尾に吹いたA・SO・BOの風は!!

喜びの、優しさの風、不安でおぼつかない風
怒り渦巻く風、幼い無邪気な風
笑いはじける風、胸苦しいほどに切ない風

変幻自在の風に、私は巻き込まれそして、吹き飛ばされた

去りし人、過ぎ去りし時、変わりし風景
それら全てを抱えて彼女たちは喜々として舞台に立っていた

そして、彼女たちの背後にすかし絵のように見えるのは

演出家芹川藍の果てしなき戦いと、惜しみない慈しみ
演出助手渡辺なほみの舞台袖の真剣な眼差し
客席で見守る汗と涙の振り付けのダンサー田倉薫
数えたらきりがない多くのスタッフさんの力

それら全ての総意が一つの塊となって
一本の大きな銀杏の樹を見上げているのだ


だから私は「オズの魔法使い」の主人公の少女のように吹き飛ばされたんだ!!

吹き飛ばされて、風に乗って・・・なんと気持ちのいいことか

そして、その着地点はやはりいつもの日常なのだけれど、いつもの毎日なのだけれど

そこに戻れたこともやっぱりうれしくて・・・

うれしいのに、何だか切なくて切なくて・・・


昨日の朝焼けもA・SO・BOの風も
時々神様はご褒美をくださる

全くもって
♫ありがたやありがたやぁぁ~ありがたやありがたやぁぁぁ~~~♫
なのである

2018年6月12日 (火)

川の水は絶えずして・・・なのに~ by葛西佐紀

久しぶりに恐ろし~~い夢を見た。芝居本番の恐ろし~~い夢を!!


  私は楽屋にいる、何故か、横で高彩裕子がアイロンがけをしている・・・
  私はまだ衣装も着けていないのに、突然初っ端の曲が流れだした・・・
  えっ!!う、うそ、うそでしょ!!と慌てて衣装のセッティング場所に飛んでいく・・・

  すると、きちんと衣装転換順にピラミッドのごとく積み上げて準備してあった衣装が、
  何故かグッチャリ崩れて、『古着は米表へ売ろう!!』状態になっている・・・


  何故!!どうして!!・・・えっとぉぉぉ・・・私は一体何を着ればいいんだっけ?えっとぉぉぉ・・・
  落ち着け、落ち着けぇ~~

  私はとにかく、どうとでもなるだろうコートを引っ掛け、高彩さんから手渡された鉢巻をして
  どういうわけか・・・とりあえず消火器を持って、舞台へ走りこむ・・・

  すると、反対のソデから芹川藍が鉢巻をして、コートを引っ掛け、
  これまた何故かズボンを片方引きずって走って出てくる・・・

  私は小声で「これ、何の芝居だっけ、何の芝居やるんだったんだっけ??????」
  芹川さんは絶望的な顔で、只々首を横に振るばかり・・・

  私は、消火器を抱きしめ、どおすんの!どおすんのよぉぉぉぉぉ!!!!と叫んで目が覚めた。


芹川さんの困惑の顔があまりにもリアルだったので、もしかして芹川さんも今同じ恐い夢みてたんじゃないかなぁ
ってふとんの上で思ったわけで。

それにしても、どうして今、こんな夢を見るんだろう・・・と考えた。

思い当る節はある・・・


テニスの全仏オープンをテレビで観た。錦織くんは残念な結果だったが、気になったのはそこではない。

ネット脇で片膝ついているボールボーイ、コートの後方で直立して待機しているボールボーイくん達である。

ボールが転がるとサササ――ッと忍者走りで拾い上げ、逆サイドへ
選手が手を出すと、タオルをササッと出し、サササッと受け取り元の場所へ
自分達はそこにいなかったように、しかし確実に機敏に役目を果たすボーイ達。

使命感と緊張感と、ある種の誇りと、喜びを持って・・・
ああ~この動きと、この感じ・・・・・・何かに、誰かに・・・似ている・・・う~~んこれって・・・

ああぁぁ~青い鳥演出助手の渡辺なほみだっ、舞台の仕込みの時の渡辺さんだぁぁっ!!

そこに思い至った途端

ああ~大阪A・SO・BOの人達は今本番に向けてまっしぐらなんだろうな、最後の追い込みに入っているんだろうな
大変だろうな・・・と思った途端

ああ~そうだ、私もうかうかしてると、9月の東北、大槌町公演「普通の人々」がアッという間だっ!!


とまあ、こんな具合に、私の思考が数珠つなぎで流れていったの結果の悪夢だったに違いない、のである。


それにしても、どうして芝居本番の夢って、いつもいつも冷や汗とあぶら汗と絶叫なんだろうかっ

人は歳をとり、世界は目くるめく変わっていくというのに、
“行く川の流れは絶えずして、もとの水にあらず”だというのに、
どうして芝居本番の夢は決まって相も変わらずの、ハラハラもんの一点張りなんだろうかっ


一度でいいから、一度でいいから

飛び切り上等な、これでもかってなぐらい極上の夢のような夢を見てみたいものだっ!
と思ったりするのである。

2018年5月12日 (土)

“ワタシ ノ シルシ” ~by葛西佐紀

5月の連休明けから、私は新しいバイトを始めた。
銀鱈の西京焼きが飛び切り旨い、青い鳥公演でもお世話になるあの弁当屋、Kである。

仕事としては主に何種類かの副菜を折りに詰めていく単純作業、

お新香は左上、その下にサラダ、その対面には煮物、その横は玉子焼き、等々。
私はこの手の仕事は結構好きなので、何とかなりそうなのだが・・・

途方に暮れるのは、人の名前である。

「こちら今日から入った葛西さんです」
「こちらは田中さんに、中村さん、佐々木さんです」・・・と会う人、会う人紹介される。

葛西さんは一人だけど、向こうさんはウジャウジャなのだよ!!
「よろしくおねがいしま~~す!」と頭を下げて、次に頭を上げた時には
????アレッ????

「一度に覚えなくてもいいから、オイオイね」と言われても、

否応なく、ジワリジワリと不安と疑念が暗雲のごとく立ち込める。
本当に時間をかければ覚えられるのだろうか、と。


その元凶は制服にある。

まず、モジモジくんのような被り物に、髪の毛一本たりとも逃さず入れ込み、
その上から鎖骨まで隠れるヒラヒラ付きの帽子を眉毛まで被り、その上から上着を
首までピッチリ止め、エプロンをし、帽子の上からマスクをして完成。

露出しているのは目ん玉のみ、上半身白ずくめ。

背の高い低いは多少あっても、それは多少であって、日本人の平均身長を大きくはみ出さない、ときたもんだ。

山田さん、鈴木さん、佐藤さん・・・と言われても、何を手掛かりにすればいいのだと
私は頭を抱え込むことになるわけで・・・


「未知との遭遇」でUFOから現れる宇宙人は、“宇宙人”という特徴はあるが、
個々の特徴を持たない

――いや、彼らとしては何らかの差異があるのかもしれないが

彼らが目の前に20人いるいるとしよう。

こちらが宇宙人のサム、ダニエル、ビル、キャサリン、ジャック、ジェシカ、エバ・・・

彼らをシャッフルしてから
「葛西さん、分からないことがあったらダニエルに聞いて、彼が班長だから」

・・・・・・ダニエルっ・・・ダニエルって・・・どれがダニエルなのよぉぉぉ~~~

という状態だといったら分かってもらえるだろうか

特徴が無いということがこれほど恐ろしく、
これほど頭が混乱するとは思いも寄らず、の私なのである。


シミがあるだの、眉毛が薄いだの、八重歯があるだの、目が大きいの小さいの、
皺が多いの少ないの、肌が白いだの黒いだの・・・

良しも悪しも、その人をその人たらしめる一つ一つの特徴は、何はともあれ

“ワタシ ノ シルシ”として好いてあげないとなぁ~

と改めて思った次第の今日この頃なのだ。

2018年4月12日 (木)

見上げる~ by葛西佐紀

樹齢ウン十年の大木がバッサ、バッサと切り取られ、畑がなくなり、茂みが消え
そして、ここ最近、野良ネコの姿を見かけることが、めっきり少なくなったのだが・・・


この間、散歩の途中、茶トラのその猫は、お座りして見上げていた。
空を見上げていたなんて言わないぞ、
多分、小ちゃな羽虫なんぞを目で追いかけてでもいたのだろう。

しかし私はその<見上げる形>の美しさに、ハッと息をつめ
思わずジィーーーーーーーーッと見入ってしまった。

私の視線に気がついたその茶トラは、射程を捉えたかのように、ヒタッと私を見て
それから、フンと鼻を鳴らして(そんなきがしたのだ)去っていった、のだが・・・


私は歩きながら思った


<見上げるという形>のなんと美しいことか!

例えば、想像してみよう

ホームレスの男が大きな荷物を脇に置いて、高層ビルを見上げている。。。

警備員の青年が、夜中の道路工事で赤いライトを振る手を止めて、月を見上げている。。。

霧の中のマウンテンゴリラが、すっくと遠い山を見上げている。。。

蛙が雨粒の先の空を、ひつじが風に揺れるミノムシを見上げている。。。

。。。ああ~きりがない。。。

見上げるという行為が、とてもじゃないが無理そうなカバが、サイが、空の鳥を見上げる、
とこっちも無理くり仮定したとしても、

それだっても、何だか重厚で美しいではないか。。。。。。。。

。。。想像の輪っかから抜け出して


私は歩きながら思った

<見上げるという形>のなんと美しいことか!

茶トラの、その<見上げるという形>に
私は生きているという、美しいかたまりをを見つけたのだと

そして、眼差しを持つことの崇高さを、その形の中に見つけたのかもしれない・・・なんて。


そんなこんなで、さてさて

私もチョット立ち止まって、<見上げるという形>やってみた。
とりあえず、団地の上に乗っかっている水タンクでも・・・


ああ~何だかちょっと気持ちがいいではないか!!

2018年3月11日 (日)

いざいざ、いざぁ~~  by葛西佐紀

奇しくも、今日、7年後の3月11日

演出家と演出助手と役者3人は

Dsc_2342_2

この大荷物を抱えて、固定稽古場に入った・・・そして

芹川は、現場監督というもう一つの才能をいかんなく発揮し・・・(いつものように)
渡辺は、鼻を膨らませ喜々として動き回り・・・(いつものように)
役者3人は、衣装転換の場所を確保、整え・・・(いつものように)

そう、いつものように、そうやって、いつだって、
ここが束の間の、私達の居場所になる

Dsc_2346

芹川がしみじみと呟いた
「私達、いつだって、どこだって、あっという間に馴染めちゃうよね・・・」

私もしみじみ、そう思う。

天衣が発声練習をしている
天光が化粧道具を並べている
芹川がコーヒーを飲んでいる
渡辺が横でパンをかじっている

いつもと変わらないこんな時間と、こんな景色が
たまんなく愛おしい

こうやって演出家芹川と、演出助手渡辺に見守られて稽古できることが
たまんなく嬉しい

この気持ちを抱えて、私達、東北へと向かいます。

気仙沼の、岩泉の皆さんにいっぱい、いっぱい喜んでもらえるよう

青い鳥はいっぱい張り切ります。

もうすぐです!!

皆さま、東北のかの地でお会いしましょう!!!ねッ!!














2018年2月12日 (月)

ああ~觔斗雲だっ ~by葛西佐紀

先日、泣きたくなるような夕焼けを見た。


孫悟空の乗り物の觔斗雲はかくや、と思うほどに圧倒的な金色の雲。

(ちなみに私は子供の頃からずっとキントン雲、おせち料理の金団雲だと思っていた。
 觔斗雲だと知ったのは、随分大人になってからである)

雲が金色に奥深くまで輝いて、その背景は真っ青な空だ。
泣いたわけではない、“泣きたくなるような”、なのだ。


ああ~世界はなんて美しいんだろう、なんてすごいんだろう!

ああ~私は今、地球の上に立っていて、そして、これを見ているのだ!

ああ~ああ~~~生きているってこういうことなんだぁ~!!

と、私はあっけなく、手放しに納得するのだ。



こういう幸福感は悲しいかな、2、3時間もすれば、これまたあっけなく、
些末な多事に掻き消されていく運命にあるのだが


だが、しかしである。

もし、“人生の原動力”というものが、その人の中に生まれる瞬間があるとするならば
まさにこういう瞬間ではないだろうか・・・


2月4日、ひたちなかSOU・SOUの「銀杏の樹の下で―大空の記憶2018」を観た。
その勢いと力と煌きが客席に怒涛のように押し寄せ、そして、満たされて・・・

そして私がいつも思うこと、
東京A・SO・BOでも大阪A・SO・BOでも、いつも思うこと、
 
この心地良い、胸苦しさは何なんだろう・・・
この心地良い、痺れるような切なさは何なんだろう・・・


たぶん、それは彼女たち一人ひとりが、それぞれに
その“人生の原動力”を手にする瞬間を、目の当たりにするからなんだ、きっと。


そして、きっと、そういう瞬間に立ち会う私にとってもまた

金色の雲が輝くあの夕焼けと同等の、同質の

言葉にならない、まさに“泣きたくなるような”瞬間なのである、きっと。


私は、いつも、羨望の思いと共に、
彼女たちから“人生の原動力”を充電させていただいているのである。























2018年1月12日 (金)

私はまだ・・・ by葛西佐紀

子供の頃、私はとてもとても怖がりだった。

隅っこの暗がりには、得体のしれないものがジッと潜んでいたし
夜道を骸骨にガチャガチャ音を立てて追いかけられた。

ポットン便所の暗がりから緑の手がにゅ~と出てくるのだし
赤ん坊の日本人形のカミソリで切ったような糸蟇目はギロッと動く。

そして、夜の電信棒の上にはピエロが立っているのだ。

暗闇が纏わりつくと、何でもかんでも怖くて怖くてしょうがなかった。
でも、でも、お母さんもおばあちゃんは平気な顔してるし
だから大きくなったら怖くなくなると思っていた。

ところが、そうは問屋が卸さない!
さすがにガチャガチャ骨を鳴らして追っかけてくる骸骨からは解放されたが
今だに、子どもの頃はね・・・という昔語りにならないのだから、困ったものだ。

電気を消して寝る!という恐ろしさに、私は今も太刀打ちできないし
ましてや間接照明の薄暗闇を無視して布団を被るなんて暴挙に出る勇気はない。

糸蟇目の人形はお尻のスがウズウズするし
月の影は、日の影と違って何だか異形の者のように揺れて

夜道、ことに風の強いときなぞは、電信棒の上にピエロがいる・・・と思うだけで
背中の皮がゾワリと浮き上がる。

この怖がりは、私の中に深く沈殿してしまって、なかなかの頑固者なのだ。

ひょっとしたらあらゆる感情の沈殿物は、

歳月というフルイをかけてもなお残るこれら沈殿物は、
“私”という謎だらけの物体を紐解く手がかりなのかもしれない・・・


いろんなことからなかなか卒業できない私は、そんなことをツラツラ思ってみたりして・・・


ずっと以前「もう頬杖はつかない」という映画があった(確か主演は桃井かおり?)

今私は、このブログを喫茶店で書いている(勿論、ノートに手書きで)

頬杖をついて書いている。

そう、私はまだ、頬杖をついている。
                      


そんな私が、平成30年のご挨拶

皆々さま、今年も心湧きたつ一年でありますように!
私も天光さんの「ご機嫌さん」を目指しま~~~~~す!!

2017年12月12日 (火)

♫あの時君は若かった~♫ by葛西佐紀

おおよそ40数年前、私と芹川は双子だった・・・ことがある。

以前ブログに登場させた「嬢ちゃん、ライオン日和です」の双子の姉妹

空飛ぶファンフランファンの靴、
自らから解き放たれた心の象徴であるファンフランファンの靴を求めて
双子島に船出する姉つむぎ(葛西)と妹かすり(芹川)

その写真がこれである。

Kasai_2

青い鳥の断捨離用ダンボールから、からくも拾い出した一枚である。

自分で言うのも全くもって恥ずかしい限りであるが、敢えて言わせていただくと


嗚呼、なんとあどけない(ウフフ!)幼気な(テヘッ!)二人であろうか!!

まさしく、この時私たちは“嬢ちゃん”だった。
そして今、私たちはとっくに“おばさん”を通り越して、世間でいう“高齢者”の域に入っている。

そしてこの写真を見ながら思うわけである

この眼差しの先で、多くの紆余曲折を、山あり谷ありを重ね

この眼差しの先に、沢山のうれしい出会いと数々の切ない別れがあり

そして、そして・・・
この眼差しの先に、A・SO・BOのみんながいて、
大阪のみんながいて、ひたちなかのみんながいて・・・・・・

そんな予想もつかない未来があることを、この時誰が想像しただろう・・・

♫あの時君は若かったぁぁぁ~~~ と口ずさんでみたりする・・・
                     。
                     。
                     。

この眼差しの先の続きの今年が終わろうとしている。
喜びと感謝を込めて、皆々さまほんとにありがとぉ~~~

そして、そのまた続きの来年が始まろうとしている。
皆々さまの想像を絶する喜びが、クラクラするような喜びが待ってますようにぃ~~~

 

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