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2018年8月

2018年8月15日 (水)

『その名は避暑地』by芹川藍

「ペコさん、避暑に長野へいきませんか?」
若衆に誘われて芹川、葛西、渡辺、近内、高彩、森本で長野の戸隠に行った。


私の頭に浮かんでいたのは、
白いワンピース、麦藁帽、緑の風、青い空、涼やかな風。
木陰の藤椅子に腰かけ、リルケの詩集を読む。


その名は、避暑地!


戸隠に着いた。
体力有り余る若衆たち。
「歩きましょう、気持ちいいですよ」

だ・ま・さ・れ・た。

歩く、歩く、歩かされる。

戸隠から下の宿まで通常人はバス。

それを炎天下の中「熊出没注意」の看板を横目に歩く歩く…
熊道、ケモノ道、クネクネ道。若衆に歩かされる。

ケモノが通った後さえない道を進むと、白いステテコが揺れる民家の軒先。


ワンピースなんか着てられるか、てやんでぇー…。
なにが詩集だ!

頭には手拭いをかぶり、枯れ枝の杖。
「芹川さんルバング島から帰ってきた兵隊さんみたいですよ、ハハハハ」


能天気な若衆の笑い声が朦朧とした頭に響く。
私は汗だくで疲れ過ぎて怒る気もしない。
山を登り…下り…

近内、高彩に両脇を支えられた姿は黄門様。
「はあはあはあ」


宿にやっと着いた。


夕食でたっぷり入ってるお櫃をキレイに平らげ、
「すみませ~ん、おかわり下さい!」と信州ワインはまるでわんこそば状態。


部屋ではボーリングのピンのごとくビールの空き缶がゴロゴロ。
騒ぐ騒ぐ。泣いて笑って叫んで…。


朝食もたっぷり入ってるお櫃はカラッポに。
「わ~、美味しいねぇ~」
「何杯でも食べられるねぇ~」
やたらと声が大きい。


「お客様たちは、バレー部ですか?」
帰り際、宿の女将が言ったコトバだ。

バレー部…???

背が高い近内、高彩がいるが。。。
私と葛西はコーチ?


東京へ帰るバス停で渡辺
「今日5回も出たんですよ…やっぱり食べて飲んで動くと出ますね!」


……。
確かにバレー部だ…。


思い出すたびに、ホンワカする15年前の楽しい夏の宝物のような旅。


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2018年8月12日 (日)

真夏の出来事 ~葛西佐紀

私の足の上をゴロゴロが横切った
さして痛くもないが、驚いてアッ!と声を上げる私
その声に振り向いたそのゴロゴロの所有者と顔を見合わせたが
彼女はそのまま立ち去った

私の中で、ザッブ~ンと波の音が聞こえた・・・ような気がした

電車の中、私の横に杖を突いたお年寄りが乗ってきた
前の座席で男の子がゲームに夢中になっている
私はその子の肩をたたいて、杖のお年寄りのことを教えると
いやいやながら席を譲った、のだが
どうやら前に立っていた男性が父親、横に座っていたのが母親だったようで
私はその二人から睨まれた

私の中で、ザザザ~~ンと波の音が聞こえた・・・ような気がした

明日は燃えるゴミの日だ
忘れないようにと玄関のところに置いておく
次の朝、駅で気が付く、アッ!
どうやら私はそのゴミをわざわざ、ご丁寧に跨いで出てきたようだ

私の中で、チャップ~ンと波の音がした・・・ような気がした

ある日駅のホームで、ヨチヨチ歩きの子供が母親に向かって
前のめりに突進して、がむしゃらに抱きついた

私はボ――ッとベンチで見ている
アレ??なんだ?この感じ・・・

遠い、遠い記憶
一瞬ヨチヨチ歩きの自分がお母さんにしがみつく幻影を見た・・・ような気がした

きっと、この暑さのせいだ、そうに決まっている
暑さで脳ミソがヘロヘロになっているんだ、そうに決まっている


そういえばこの間A・SO・BOで、久しぶりに芹川さんに会ったとき
何だか無性に抱きつきたくなった

悲しいかな、大人になってしまった私は
じゃまっけな分別と、愚にもつかない羞恥心で思いとどまるのだが
その代わりに、涙が出そうになった

一瞬子供の時の私に戻った・・・ような気がした

これもこの暑さがなせる業なのだろうか

ああ~~これも、それも、あれも!!

全てこの猛烈な暑さのせいにしたくなるほどの
それで全て片を付けてしまいたくなるほどの

フライパンの上の炒り豆になったような、今年の真夏である

2018年8月 9日 (木)

嬉しい旅の毎日でありますように〜by天光眞弓

8月!
夏休み真っ盛り!
学校には行かなくていい、おおっぴらにお昼寝もできる!
夢のように嬉しい毎日なはずなのに、「なぜか胸苦しい」「怖い」、「切ない」・・・がくっついてくる。
それは夏だから・・・なんてわけわかんないことじゃなくて、やっぱり
6日と9日、15日
ほんの私たちの親世代が追い込まれた気持ちで生きていた記憶が漂っているからじゃないか・・・なんて思う。

私は戦争というものが一応終わってから生まれてきたので、何も恐ろしい思いもしないでノホホンと生きていたはずなのに。

「せっかく生まれてきたんだから、終わるまで旅を続けよう」
みたいな歌詞がサザンオールスターズの歌がある。
すごくシンプルだけど・・・切なく、甘い。
そんな季節、11日には芹川藍さんがお誕生日を迎える。
ささやかなお祝いに、ちょっと願いを叶えてあげましょう。
イラストの中で、だけど。

願いその1・・・
P「馬で学校に行きたかった!」

テン「あらま、乗馬通学! ・・・どうぞ、行ってらっしゃい!」

4_4


3

願いその2
P「ボウズになりたい・・・修行僧じゃなくて、ボウズ頭、になりたい。』
テン「はい、わかりました!お任せください」

Photo

テン「ボウズ・ペーちゃん!
ボウズ頭になって何しましょう!?」


13

P「木登りが大好きでしたから・・・」
「でも、もう大人だから、こんなことも・・・します」

6

こんなことも
15
こんなこともします。

10


で、一人でこんなこともしてお祝いもします。
すごい、ろうそくの数です。

11

嬉しい旅の毎日の数になるといいね、ペーちゃん。
そしてお誕生日を迎えるいろんな人たちへ。

お誕生日、おめでとうございます!

2018年8月 6日 (月)

貴様、いつまで自分はケチと思われてるんじゃないかと悩むつもりだ問題!(題だけジェーン・スー風) By 天衣織女

     お気に入りのボールペンがある。
本屋で何度も何度も試し書きして、
これだ!と決めたボールペン。
それを貸してといわれる。
うん、いいよと渡す。
そしてなんとなくお互いそのままになってしまう。

で、さぁメモしたい!という瞬間、
あ!ない!あのボールペンがない。
あ、あの時・・・
 


こんなこと、普通の風景なのだ。
だがしかし、さて、ここからが問題なのだ。
いつ、あのボールペン返して・・・と伝えるべきか問題。
楽し気に芸能人の話題をしてて、
「ところでさ、この前貸したボールペン返してくんない」
となっていいのだろうか。
それとも相手がペンケースをあける瞬間を見計らって、
「あ、そうそう、この前のボールペン、返してもらうからね」
とラフにその人のペンケースから取り返せばいいのか。


え~い!貸したものはあげたも同然。
忘れる!そして新たに買う!
たかが200円弱の代物だ。

で、再び、ペンの貸し借りのシーンに出くわすわけだ。
私の表情はちょっとだけ不自然にこわばっている、多分だけど。
知人は私を通り越して、隣の人に借りに行く。
・・・私ってケチな人って思われてる?・・・


     テレビのコメンテーターが眉間にシワを寄せて、
情けない!とのたまう。
日本の若者は、目の前にいる老人に
なかなかイスを譲らないのだと。
電車の中の話だ。
それはまったくその通りなのだけれど、
だけど、それだけじゃなく、
はかり知れない事情がある場合もある。


目の前のその老人が・・・
老人じゃない問題。
年齢的には老人の範囲でも
ご本人がそう思っていないかもしれない問題。
医学的に、座っているよりも立っていた方が
健康にいいんだから、ほっといて!問題。
次の駅で降りるぞ!問題。
若白髪だってば!問題。
私がかつて遭遇したケースは、
私がイスを譲って、なぜか渋々座られたご婦人が、
「本当は、いったんイスに座ったら、なかなか立ち上がれないのよ」と
うったえられた問題。

それぞれにそれなりのはかり知れない問題があるんじゃないか・・・
と思いながら日本の若者は座り続けているかもしれないのだ。


     一人でバリ島を旅行した時、私は現地の男の子に
説教されたことがある。
日本人はなぜタバコをくれないんだと。
お互い拙い英語でのやりとりだから、
詳しいことはわからないが・・・
なんでも日本の男子大学生が
目の前でタバコを吸っているのに、
けっして自分に「どーぞ」と
タバコを差し出してくれなかったのだそうだ。
確かに外国では、ちょっとしたきっかけで知り合った同士、
タバコを差し出す様子をよく見かけた。
イギリスにいた時も、パブでビリヤードをする同士、
タバコを差し出す様子をよく見かけた。
なんともかっこよくて、微笑ましいシーンである。
がしかし、私は日本のタバコ事情は少し違う気がするのだ。
タバコを吸う時って、多分だけど、
一人物思いにふけりたい時なんじゃないのか。
タバコは100銘柄を超え、人によっては
「この銘柄じゃなきゃ、吸わない」という人もいて、
自分好みの銘柄を「どーぞ」と押し付けるのも
なんだしするって考えもある。
もちろんタバコを吸わない人もいるわけだから、
やみくもに「どーぞ」というのもなんだか
相手をややこしい気持ちにさせる。

日本人のタバコって、どこか、
非常に個人的な、
なにか、深いため息と同等の位置にある行為のような気がする。

今頃、バリのどこかを旅するその男子大学生、
自分のことをこんなに非難されてるなんて、
知る由もないだろう。
私はなんだか彼が気の毒な気がした。

ちなみに、私に説教をしたこの現地の男の子って、
その大学生が泊まったホテルのボーイさんだった。

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