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2018年8月

2018年8月27日 (月)

「プロフェッショナル仕事の流儀風」by演出助手・渡辺

♪風の中のスバル~ 砂の中の銀河~ みんな何処へ行った~ 見送られることもなく~♪


8月20日早朝、芹川は中島みゆきを聴きながら、その地へ向かっていた。

首元には誕生日プレゼントに贈られた藍色のスカーフ、青い鳥が描かれたブローチ。

気合いを入れた勝負アイテムだ。


「いつも誠心誠意、心を込める。」

これが芹川のモットー。

それによってこれまで幾度となく道を切り拓いてきた。


♪おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな♪


その地はすでに熱気に包まれていた。


集ったみんなはそれぞれ、期待と責任を背負っている。

今日、ここでやらなければいけないこと。

その使命に対する思いは誰もが一緒だ。


そして、その時はきた。


「最初はグー ジャンケン ポン!」


白熱の勝負の行方は…。
時の運は…。

芹川に味方した。


「ええ、いい勝負ができました。いや、勝負っていってもお互い想いは同じわけで」

「たまたま今回は私の気持ちが相手より勝った、それだけです」


東京A・SO・BO塾の稽古場争奪抽選会。

芹川は破竹の三連勝。

まさしく「神ってる、半端ねぇ~」だ。


「これからも続くことですから。また一層、気を引き締めてかなければ…」

勝者はいつも孤独で謙虚だ。

会場を後にする芹川の背中には安堵と一抹の淋しさが漂う。

♪ヘッドライト~ テールライト~ 旅はまだ終わらない♪


芹川の旅はまだまだ続く…。
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2018年8月24日 (金)

「 “返して” と今さら言えなかった3冊の本」by高彩裕子

時々、忘れていた過去のことをふっと思い出す。

3人の人に貸した返ってこなかった3冊の本のこと。

もうお会いする機会もなく、連絡先も知らないし
引っ越しもされて本なんてきっと処分しているかもしれないし
借りた本だということを忘れ、ご自分の本棚にそっと収まっているかもしれないし、、

返ってこなかったというより、、


貸したことをずいぶん長い間忘れていて
「返して」と今さら言えなかった自分もいけないのだから。

だから
ある時から
その3冊の本は
3人の方に差し上げたと思うことにした。


夏休みの読書感想文を書かなくちゃならなかった課題書よりも
面白くて1日で読みきった本よりも
感動して涙した本よりも
どの本よりも忘れられない
私の脳と心に刻みこまれてしまった思い出の3冊。





2018年8月21日 (火)

「バカボンのパパがいた夏」~by近内 仁子

夏の間に何かしないといけないようなそんな気持ちに駆られます。

きっと子供の頃の夏休みの思い出作り…という記憶に由来しているのだろうな…と思いつつ

暑い最中、旅行に行くわけでもなく

日々の暮らしをしておりました。

ゆるっとした木綿生地の上下

お腹を冷やさない為の衣装だったラクダ色の腹巻をし

仕事準備の勉強中でアイスノンのハチマキをし

快適におうち仕事をしておったのですが

……ふと鏡の前に立った時、

「バガボンのパパ」姿でした。

我ながら、衝撃。

私の究極の夏服はバカボンのパパの服でしたとさ。

鏡の中にバカボンのパパがいた…

そんな今年の夏の思い出です(T-T)

そういえば1999年夏

「思い出作り♪思い出作り♪」と

陽気に韓国公演に踏み出したっけな。

さて今年の夏はどんな思い出を作ろう…(今頃?)

そうだ!

晩夏の9月に岩手に行こうかな~

「普通の人々」 東北公演第2弾、観に行こうかな~

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

「普通の人々」

大槌町公演
2018年9月23日(日)14時開演(13時30分開場)
大槌町文化交流センター おしゃっち
岩手県上閉伊郡大槌町末広町1番10号

一般¥2000 
大槌町近隣の方¥1000

主催:NPO法人吉里吉里国

2018年8月18日 (土)

「縄文にときめいて」by長井八美

展覧会を見に行ってこんなにドキドキしたのは久しぶりのような気がする。

「今、東京国立博物館でやっている縄文の展覧会が面白い」と聞いて、何故か居ても立ってもいられない気持ちになり、先日見に行った。

ガラスケースの前は人ばかりで、よく見えない。じっと並んで待つのもつらいので、先回りして人のいないところの展示を先に見ることにした。
縄文土器を見るのは、初めてではない。これまでは、10000年前かあ・・・その頃から人はいたんだなあ・・・などと歴史のお勉強という感じで見ていたが、どういうわけか今度はせまってくる。

すごい!100000年前にこんな素晴らしい器や土偶を作っていたんだと思いながらも、不思議に100000年前がそれほど遠くに思えない。ついこの間のような気さえする。
現代でも、縄文人のDNAを一番持っているのは、アイヌの人たちで50%、次は沖縄の人たちで25%、東京周辺の人は12%だとか、教えてくれた人がいた。
それでも、私の中に12%の縄文人のDNAがあるとしたら、それが騒いでいるのかもしれないと思った。

火焔型土器はものすごいエネルギーでせまってくるし、土偶たちは何とも可愛く愛しいかたちだ。人だけが作ったものではない、祈りながら、神様と一緒に作ったのではないかと感じた。祈りが創造の原点、日常の原点であった時・・・。
エネルギッシュでおおらかな心・・・

いろいろなところで出土した土器たちが一堂に会している。そういえば、葛西さんは遺跡の発掘のアルバイトをしていたことを思い出した。この中に葛西さんが掘ったものもあるのかなあ・・・
などなど思いながら、閉館のアナウンスまでねばってしまいました。

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2018年8月15日 (水)

『その名は避暑地』by芹川藍

「ペコさん、避暑に長野へいきませんか?」
若衆に誘われて芹川、葛西、渡辺、近内、高彩、森本で長野の戸隠に行った。


私の頭に浮かんでいたのは、
白いワンピース、麦藁帽、緑の風、青い空、涼やかな風。
木陰の藤椅子に腰かけ、リルケの詩集を読む。


その名は、避暑地!


戸隠に着いた。
体力有り余る若衆たち。
「歩きましょう、気持ちいいですよ」

だ・ま・さ・れ・た。

歩く、歩く、歩かされる。

戸隠から下の宿まで通常人はバス。

それを炎天下の中「熊出没注意」の看板を横目に歩く歩く…
熊道、ケモノ道、クネクネ道。若衆に歩かされる。

ケモノが通った後さえない道を進むと、白いステテコが揺れる民家の軒先。


ワンピースなんか着てられるか、てやんでぇー…。
なにが詩集だ!

頭には手拭いをかぶり、枯れ枝の杖。
「芹川さんルバング島から帰ってきた兵隊さんみたいですよ、ハハハハ」


能天気な若衆の笑い声が朦朧とした頭に響く。
私は汗だくで疲れ過ぎて怒る気もしない。
山を登り…下り…

近内、高彩に両脇を支えられた姿は黄門様。
「はあはあはあ」


宿にやっと着いた。


夕食でたっぷり入ってるお櫃をキレイに平らげ、
「すみませ~ん、おかわり下さい!」と信州ワインはまるでわんこそば状態。


部屋ではボーリングのピンのごとくビールの空き缶がゴロゴロ。
騒ぐ騒ぐ。泣いて笑って叫んで…。


朝食もたっぷり入ってるお櫃はカラッポに。
「わ~、美味しいねぇ~」
「何杯でも食べられるねぇ~」
やたらと声が大きい。


「お客様たちは、バレー部ですか?」
帰り際、宿の女将が言ったコトバだ。

バレー部…???

背が高い近内、高彩がいるが。。。
私と葛西はコーチ?


東京へ帰るバス停で渡辺
「今日5回も出たんですよ…やっぱり食べて飲んで動くと出ますね!」


……。
確かにバレー部だ…。


思い出すたびに、ホンワカする15年前の楽しい夏の宝物のような旅。


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2018年8月12日 (日)

真夏の出来事 ~葛西佐紀

私の足の上をゴロゴロが横切った
さして痛くもないが、驚いてアッ!と声を上げる私
その声に振り向いたそのゴロゴロの所有者と顔を見合わせたが
彼女はそのまま立ち去った

私の中で、ザッブ~ンと波の音が聞こえた・・・ような気がした

電車の中、私の横に杖を突いたお年寄りが乗ってきた
前の座席で男の子がゲームに夢中になっている
私はその子の肩をたたいて、杖のお年寄りのことを教えると
いやいやながら席を譲った、のだが
どうやら前に立っていた男性が父親、横に座っていたのが母親だったようで
私はその二人から睨まれた

私の中で、ザザザ~~ンと波の音が聞こえた・・・ような気がした

明日は燃えるゴミの日だ
忘れないようにと玄関のところに置いておく
次の朝、駅で気が付く、アッ!
どうやら私はそのゴミをわざわざ、ご丁寧に跨いで出てきたようだ

私の中で、チャップ~ンと波の音がした・・・ような気がした

ある日駅のホームで、ヨチヨチ歩きの子供が母親に向かって
前のめりに突進して、がむしゃらに抱きついた

私はボ――ッとベンチで見ている
アレ??なんだ?この感じ・・・

遠い、遠い記憶
一瞬ヨチヨチ歩きの自分がお母さんにしがみつく幻影を見た・・・ような気がした

きっと、この暑さのせいだ、そうに決まっている
暑さで脳ミソがヘロヘロになっているんだ、そうに決まっている


そういえばこの間A・SO・BOで、久しぶりに芹川さんに会ったとき
何だか無性に抱きつきたくなった

悲しいかな、大人になってしまった私は
じゃまっけな分別と、愚にもつかない羞恥心で思いとどまるのだが
その代わりに、涙が出そうになった

一瞬子供の時の私に戻った・・・ような気がした

これもこの暑さがなせる業なのだろうか

ああ~~これも、それも、あれも!!

全てこの猛烈な暑さのせいにしたくなるほどの
それで全て片を付けてしまいたくなるほどの

フライパンの上の炒り豆になったような、今年の真夏である

2018年8月 9日 (木)

嬉しい旅の毎日でありますように〜by天光眞弓

8月!
夏休み真っ盛り!
学校には行かなくていい、おおっぴらにお昼寝もできる!
夢のように嬉しい毎日なはずなのに、「なぜか胸苦しい」「怖い」、「切ない」・・・がくっついてくる。
それは夏だから・・・なんてわけわかんないことじゃなくて、やっぱり
6日と9日、15日
ほんの私たちの親世代が追い込まれた気持ちで生きていた記憶が漂っているからじゃないか・・・なんて思う。

私は戦争というものが一応終わってから生まれてきたので、何も恐ろしい思いもしないでノホホンと生きていたはずなのに。

「せっかく生まれてきたんだから、終わるまで旅を続けよう」
みたいな歌詞がサザンオールスターズの歌がある。
すごくシンプルだけど・・・切なく、甘い。
そんな季節、11日には芹川藍さんがお誕生日を迎える。
ささやかなお祝いに、ちょっと願いを叶えてあげましょう。
イラストの中で、だけど。

願いその1・・・
P「馬で学校に行きたかった!」

テン「あらま、乗馬通学! ・・・どうぞ、行ってらっしゃい!」

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願いその2
P「ボウズになりたい・・・修行僧じゃなくて、ボウズ頭、になりたい。』
テン「はい、わかりました!お任せください」

Photo

テン「ボウズ・ペーちゃん!
ボウズ頭になって何しましょう!?」


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P「木登りが大好きでしたから・・・」
「でも、もう大人だから、こんなことも・・・します」

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こんなことも
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こんなこともします。

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で、一人でこんなこともしてお祝いもします。
すごい、ろうそくの数です。

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嬉しい旅の毎日の数になるといいね、ペーちゃん。
そしてお誕生日を迎えるいろんな人たちへ。

お誕生日、おめでとうございます!

2018年8月 6日 (月)

貴様、いつまで自分はケチと思われてるんじゃないかと悩むつもりだ問題!(題だけジェーン・スー風) By 天衣織女

     お気に入りのボールペンがある。
本屋で何度も何度も試し書きして、
これだ!と決めたボールペン。
それを貸してといわれる。
うん、いいよと渡す。
そしてなんとなくお互いそのままになってしまう。

で、さぁメモしたい!という瞬間、
あ!ない!あのボールペンがない。
あ、あの時・・・
 


こんなこと、普通の風景なのだ。
だがしかし、さて、ここからが問題なのだ。
いつ、あのボールペン返して・・・と伝えるべきか問題。
楽し気に芸能人の話題をしてて、
「ところでさ、この前貸したボールペン返してくんない」
となっていいのだろうか。
それとも相手がペンケースをあける瞬間を見計らって、
「あ、そうそう、この前のボールペン、返してもらうからね」
とラフにその人のペンケースから取り返せばいいのか。


え~い!貸したものはあげたも同然。
忘れる!そして新たに買う!
たかが200円弱の代物だ。

で、再び、ペンの貸し借りのシーンに出くわすわけだ。
私の表情はちょっとだけ不自然にこわばっている、多分だけど。
知人は私を通り越して、隣の人に借りに行く。
・・・私ってケチな人って思われてる?・・・


     テレビのコメンテーターが眉間にシワを寄せて、
情けない!とのたまう。
日本の若者は、目の前にいる老人に
なかなかイスを譲らないのだと。
電車の中の話だ。
それはまったくその通りなのだけれど、
だけど、それだけじゃなく、
はかり知れない事情がある場合もある。


目の前のその老人が・・・
老人じゃない問題。
年齢的には老人の範囲でも
ご本人がそう思っていないかもしれない問題。
医学的に、座っているよりも立っていた方が
健康にいいんだから、ほっといて!問題。
次の駅で降りるぞ!問題。
若白髪だってば!問題。
私がかつて遭遇したケースは、
私がイスを譲って、なぜか渋々座られたご婦人が、
「本当は、いったんイスに座ったら、なかなか立ち上がれないのよ」と
うったえられた問題。

それぞれにそれなりのはかり知れない問題があるんじゃないか・・・
と思いながら日本の若者は座り続けているかもしれないのだ。


     一人でバリ島を旅行した時、私は現地の男の子に
説教されたことがある。
日本人はなぜタバコをくれないんだと。
お互い拙い英語でのやりとりだから、
詳しいことはわからないが・・・
なんでも日本の男子大学生が
目の前でタバコを吸っているのに、
けっして自分に「どーぞ」と
タバコを差し出してくれなかったのだそうだ。
確かに外国では、ちょっとしたきっかけで知り合った同士、
タバコを差し出す様子をよく見かけた。
イギリスにいた時も、パブでビリヤードをする同士、
タバコを差し出す様子をよく見かけた。
なんともかっこよくて、微笑ましいシーンである。
がしかし、私は日本のタバコ事情は少し違う気がするのだ。
タバコを吸う時って、多分だけど、
一人物思いにふけりたい時なんじゃないのか。
タバコは100銘柄を超え、人によっては
「この銘柄じゃなきゃ、吸わない」という人もいて、
自分好みの銘柄を「どーぞ」と押し付けるのも
なんだしするって考えもある。
もちろんタバコを吸わない人もいるわけだから、
やみくもに「どーぞ」というのもなんだか
相手をややこしい気持ちにさせる。

日本人のタバコって、どこか、
非常に個人的な、
なにか、深いため息と同等の位置にある行為のような気がする。

今頃、バリのどこかを旅するその男子大学生、
自分のことをこんなに非難されてるなんて、
知る由もないだろう。
私はなんだか彼が気の毒な気がした。

ちなみに、私に説教をしたこの現地の男の子って、
その大学生が泊まったホテルのボーイさんだった。

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