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2018年7月 6日 (金)

職人にひれ伏す By 天衣 織女

          電話の向こうのその人のいうことを
一言も聞き洩らさぬよう、あらかじめあちこちのドアを閉め、
雑音を遮断してから、よし!と決心して電話のキーを押す。
相手が出ると、時に正座し、じんわりと額に汗を浮かべ、
私はその人に語りかける。
パソコン機器相談コーナーあるいはテレビ通販コーナーの
受付の人へ。


          子供のころから私は電話が苦手だった。
留守番しているときに電話がなると、
押入れや机の下にかくれ、電話の絶叫が鎮まるまで、
息をひそめてその時を待ち続けた。
だからなおさらだ。
〝電話〟を生業としている人に
畏敬と尊敬の念を抱いてしまう。
この人は、今日、何人目の私と話しているのだろ。
一人ひとりに、わかりやすく平和的に、要件をコンプリートさせる作業。
それを何度も何度も繰り返すのだ。
実は私は数日間その手のアルバイトをしたことがある。
しかし、使い物になる前に、悲鳴をあげた。
知人がそのバイト先にいるという頼みの綱は、
なんの助けにもならないくらい、
私は使い物にならなかったのだ。
だから、電話の向こうのその人の労働にひれ伏してしまう。


          


          大昔、まだ自分たちの芝居のポスターを役者たちで貼っていた頃。
劇場の近くの食堂や飲み屋に一軒ずつ頭をさげてまわり、
ポスターを貼らせてもらう作業。
店主から追い払われるような仕打ちにあいながらの作業は、
だんだん心がすさんでくる。
茫然と立ち尽くす私ともう一人の役者は、
高架下のスパゲティー屋で夕食をとることにした。
ポスターを貼ってくれた数少ない店で、ちょっとした恩返しの気持ちもあった。
カウンターだけのその店の主人は、「あぁ、さきほどの」という感じで、
軽く会釈して、私たちの注文のパスタを黙々とゆで始めた。
疲れ切っている私たちは、ぼーっとその様子をカウンター越しに見つめた。
パスタをゆでる一方で、グリーンのソースを手早くフライパンに伸ばし、
速やかに多種類の調味料を加え、大きめのスプーンで素早く混ぜていく。
落ち窪んだ私の目に、その動きは小気味よく、まるで店主がダンスを
踊っているように見えた。
やがて大きい白い皿2枚をカウンターに音もなく並べ、
そこに、フライパンの中でグリーンのソースを絡ませたパスタをトングで掴み、
グッと上体を皿に近づけたり遠ざけたりしながら、
素早くかつなんとも愛おしそうに、それを回転させながら皿に盛っていく。
まるで皿の上に寺の境内の箱庭を創るように、息を止めて、盛っていく。
私たちは茫然とその様子を眺め続けた。
やがて緊張の食事をすませ、外に出たところで、役者の彼女がぽろっと言葉を出した。
「見た?」
「見た・・・」
「愛おしそうに・・・してたね・・・」
「だね・・・」 
してたね、のあたりは泣き声のような声色になっていた。
あとは無口だったと思う、二人とも。
30数年も前のことなのに、なかなか説明しようのない取るに足らないことなのに、   
なぜかくっきりとその感情を覚えている。

          


          栗城史多青年が亡くなった。くりきのぶかずと読むらしい。
テレビではそれほど取り上げられなかった。
エベレストからの滑落らしい。
世界のとてつもなく高い山を酸素ボンベなしで、単独で登る人。
インターネットで自身の登山の様子を生中継する人。
単独だから・・・カメラを置き、その前を通過して、またカメラを取りに戻り、
また前進して、カメラを置き、その前を通過して、カメラを取りに戻り、前進して・・・
そうやって一人で中継をする人。
気候や体調のコンディションで、撤退を余儀なくされるとなると、
人目をはばからず壊れたように泣きじゃくる人。
あ、人目って、人はいないのか、エベレストの山の中だ。
その泣いている様子をPC越しに見ていると、
「もういいよ、ね、またチャレンジすればいいじゃない」と頭をポンポンしたくなる。
凍傷で指を9本なくした人。


          私がこの青年を気にしはじめたのは彼の登山のきっかけだ。
なんでも元カノを見返すために・・・みたいな事をトークショウでいっていたように
思う(盛って話したのかもしれないが)。
それ以前は役者になろうとしたこともあったといっていた。
なんともフワフワしたきっかけ。
そのフワフワと無酸素登頂という過酷な条件を信条とする職人のような青年は、
スッと消えてしまった。
そのニュースを聞いたとき、一瞬呆けてしまった。
なぜか呆けた脳みそにヒュッと文字が浮かんだ。
ホシノ ミチオ・・・
星野 道夫・・・ヒグマの美しい写真を撮った動物カメラマンだ。
なぜだろう。
スッと消えてしまい方が似ているからなのか。
ヒグマの好きな彼は、ヒグマに襲われて命をおとした。
     

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コメント

その道を行く人
その道を進むために労を惜しまない
丁寧に丁寧すぎるぐらいに、一歩一歩噛みしめて進む

そんな姿が美しい

先週末、お菓子盛りの職人さんと二日間ご一緒させていただいた
一つ一つ丹精に作られたお菓子を、キレイに清められたお菓子器に
一つ一つ丁寧に淡々と盛り付ける
盛り付けのための準備も無駄がない
必要なことを一つ一つ確認しながら 淡々と・・・・

その領域に誰も手を触れさせない
そんな厳しさを持ちながらも
懐が深い翁だった

忘れたくない時間です

忘れたくない一瞬をたくさんもっている
織女さんの一つ一つの言葉が心に沁み渡します。

天衣さまのブログに恐れ多くも突っ込みを入れながら、人の心に残る思いは不思議だなと思います。
その思いの先は。どこに向かっているんだろう。

またぎ…。 山と共に生きて熊を捕る猟師ですが、最後は熊にやられて死にたいと言っていたのをTVで聞きました。
命には命で向かう。
職人は誰もそうなのかもしれませんね。
織女さんの言葉が沁みてきます。


「魅せられる」というか、心を持っていかれる瞬間というのがあって、それはとても怖い感覚なので、それまでの平常を保つために無理やりにでもそれに私は出会わなかったことにしよう、と強く念じることがあります。

ふっ、と居なくなる人は、心を、体を持っていかれたのだろうな、と思います。
それは幸せなことのようにも思えるし、その幸せはとても怖かっただろうなとも思うのです。

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