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2018年6月 6日 (水)

あるはずのない桜を思い、宙を見つめる気持ち By 天衣織女

TSUTAYAが閉店した。

「へ?・・・」

私がこの町に引っ越す前からあった店。
長年その手の機械を持っていなかったが、
いつか購入したら、絶対借りようと
アレやコレや作品を物色する、
ちょっとした楽しい寄り道の店だった。
ひきこもり好きの私にとって、
この店は世の中の変化を知る象徴的なところだったのだ。

しばらく訪れないでいたある日、
VHSやベーターのテープ型→→→DVDやブルーレイのディスクへ。
また、しばらく訪れないでいたら、
アメリカやイギリスの映画の棚→→→韓流映画・ドラマの棚へ。
何度もかるいドッキリカメラにあったような気持ちにさせられた。
そしてまたしばらく訪れないでいたら、
ドアに「長年のご愛顧ありがとうございました」の張り紙。


「へ?・・・」



早朝の散歩道に薔薇屋敷があった。
屋敷といっても、普通の住宅が二軒L字型に庭を囲み、
そこに多種類の薔薇を咲かせ、ピークになると二日ほどご近所に解放して、
愛でさせていただける素敵な場所。
今年もその季節がやってきて、
王道の大輪の真っ赤な薔薇や、
壁をつたう黄色い蔓薔薇、
ドアには花のリースやキャンドルがかけたあり、
春のクリスマス状態だなと振り返り振り返り、
川べりの散歩道に向かった。
その次の日、ゴーゴーと重機で屋敷が取り壊されていた。


「は?・・・」


ガチャン、あっあーっ、割れた、いや割ってしまった!
お客様から頂いたオルゴールつきのガラスの宝石箱のふた。
30年ほど大切に持ち続けたもの。
メロディーはヘイ・ジュード。
演劇をもう少しやってみようと、何度も何度も励まされた大切なもの。

「私lのバカ・・・」


キム氏・トランプ氏・アメフト・モリカケ・ツユ入り早いの遅いの、あるけれど・・・
・・・数年前、近所のバッティングセンターの大木の桜が、
突然切られていて・・・ことのほか悲しくて・・・
あるはずのない桜を思い、茫然と宙を見つめた・・・的な
出来事三つがあったこの春でした。

ちなみにあの桜がいなくなったバッティングセンターは、
こじゃれたマンションになっていた。
その名は「SAKURAスクエアー ナンチャラカンチャラ」

なんでもかんでも横文字にすれば許されるものじゃない。

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コメント

せつないですね。
自分もこの宇宙のこの星のこの自然の一部。
そう思って、一瞬一瞬を大切に、精一杯生きていこうと思います。(^-^)

今日あるものが、明日もあるとは限らない。。。木も、花も、物も、人も、生きとし生きるもの全部。

記憶されるのは、感情を動かされるからで、私はなくなった景色に「変わったな」とは思うが、前に何があったのか思い出せないことの方が多い。
その家は取り壊され、今では更地になっているのだが、なぜその家を覚えているかというと、几帳面なゴミの捨て方にいたく感動したからだ。
大量の本や机や本棚が、次々と処分されていく。
想像するに、教師か何かをしていた親が亡くなり、子供が親の物を処分したのだろう。
大切なものとキチンとお別れしたんだな、って感じた。

TSUTAYAの空間も薔薇屋敷の彩りも宝石箱のヘイ・ジュードも
天衣さんの一部なんですね。
当たり前にあるものがいなくなる 徐々に心にきますね。

21年間我が家の食卓を支えてくれたスーパーが閉店すると知った時
自分でも驚くくらいショックだったことを思い出しました。


これから夏に向かう中で天衣さんが思わず微笑んでしまうようなことに
いくつも出会えますように。

"時は過ぎる…… 変わっていく…… 自分だけが変わらない……感覚……取り残された………ような? 一年前に見た、あの花に会いたいと思って行ってみると、剪定されて、随分小さな木になり、花も付いていませんでした。 寂しいなぁ…… 思い出の場所がそのままだと嬉しいです。 変化の中に進化があるのか? あきらめと次へ進む勇気が必要ですね✨"

子供の頃 母が実家に帰るたび風景が変わるから
道が分からなくなると 行っていた。
田舎でさえ風景が変わる。
私の実家は 演習場のそばということもあって
変わりようがないが
今、自分が住んでいる場所のそばは変わっていく。
手入れ行き届いた庭の邸宅も
家主が亡くなれば 大きなマンションに・・・・
おおきな建物が出来る度に 母は遊びに来るたびに迷子になっていったっけ・・・
自宅前はそこだけすっぽり 時が止まったかのように
変わらない風景が残っているが・・・

そんななかで最寄りのJR駅、東京駅よりも1歳年上の駅も11月に新しくなり移転する。
階段も今はもうなかなかおめにかかれない粗めのコンクリート
どこもかしこも赤さびだらけのプラットホーム
かつては引き戸だった入り口(北海道は雪が降るので引き戸=古い建物)
北海道の開拓とともに歩んだ駅がなくなる。
駅の移転が決まったら駅前が変わった。
駅前の小さなビルが空き家になっていった。
新しい駅の前はどんどん整備されて 新しい町になりつつある。
札幌の街のそばにありながら 碁盤の目に整備できなかった場所が
道幅も広くなり新しい道路ができ 知らない街になっていく。
幸いに自宅付近は、道路一本挟んで まだまだ昭和のかおりがのこってる。
引っ越してきたときには玉ねぎ畑がありビール工場もあった。
ホップの臭いと玉ねぎの臭いが漂っていた。
夕暮れどきとともに、妙に懐かしくなる臭い。
決して好きな臭いではなかったが・・・・・・

変わることになかなか順応できません。


そうそう!と相槌をうちながら拝読しました。
そして、とてもせつない気持ちになりました。

街って、いつの間にか変わっていきます。
屋根の形が美しいおばあさん位の年齢の工場はマンションに。
ステンドグラスのはめ込まれた個人のお宅は駐車場に。
毎年楽しみにしていた歩道の植え込みの紫陽花は抜かれ。
プラタナス並木は朝起きたら消え失せて。
古地図にも載っていた神社まで移転して道路に。

最後の三つは2020年を迎えるための「整備」とのことでした。

残された楽しみは、部屋の前のレトロなアパート。
友人に言わせると「まるでガウディ」らしいですが、とても好き。
マンション住まいで景観を変えた側が言うのも何ですが、
どうかこの美しいアパートだけは消さないで。

私のものではないけれど、私のたいせつな風景。ひとつでも残りますように。

時々通る道の角にあった崩れそうな廃屋がなくなって、ある日
アスファルトに白い線が眩しいコイン・パーキングに変わっていました。
通るたびに見ていて、よく知っているはずなのに
目の前から消えて無くなると
どんな色だったか、どんな形だったか、もう思い出せません。
コンビニの駐車場が広がって、歩道の銀杏の木が3本、切り倒されました。
しばらく残っていた切り株も掘り起こされて、その上にはやはりアスファルトが敷かれました。
切り倒される時、銀杏の木は悲鳴を上げただろうか。
ここに来てからの時間を思い出しただろうか。
これからの時間を、不安に感じただろうか。
そこを通って切り株を見るたびに問いかけていましたが、
平らなアスファルトになると、どこが切り株の場所だったかわからなくなりました。

「見えないものでも、あるんだよ」
と、教えてもらったのに。
薄情な、私の脳みそです。

鬼子母神の杜と夕暮れを背に走る都電荒川線が好きで、この風景の中に住みたいと一人暮らしを決めた娘が
「さくらトラムってなんやねん」
と、この前そこそこ怒って言うてました。

古い空き家の庭に毎年見事に狂い咲いていた桜の老木が切り倒された朝、通勤途中のサラリーマンがその家の前で茫然と立ち尽くしていた風景は、もう十余年も前のことですが、未だに覚えています。

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