フォト
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

カテゴリー

無料ブログはココログ

« 飛んでけ、青い鳥〜by 天光眞弓 | トップページ | 「私がヤクルトおばさんになっても…」by芹川藍 »

2017年3月12日 (日)

それは全て青い鳥だった~by葛西佐紀

あの未曾有の災害から6年たった、そして「普通の生活」を終えて一週間たった。

どうしったって時間は流れていくんだなぁ
私は、今神田川沿いの、まだ固い蕾の桜を見上げている。


モリスケのケーキをジッと見つめ続けるサチ雄の天衣織女
そこには孤独とひたむきな、一途な眼差しがあった。


老母から、アゴを上げスックと立ち上がる天光眞弓
そこには毅然と立ち向かう、晴れやかな清々しい時間があった。


舞台に出ていく役者たちを見守り、大丈夫!と声を掛け続ける芹川藍
そこには直感と意志が持つ切ないほどの豊かな魂があった。


私の大好きな、泣きたくなるほどの一瞬は、全て青い鳥であった。


たくさんの希望と、数えきれないため息、
身をよじる程の焦燥と、深い傷つき、
崩れ落ちそうな悲しみと、どうしようもない楽天と・・・・・・


43年、そうやって選び取ってきたこの道を誉れとできることに私は感謝します。


そして、
ドタバタ、ジタバタといまだもって迷い子の私達が、今ここに奇跡のように在り続けることを可能にしてくださった方々、
これまで寄り添い、見守り、共に歩き続けてくださった皆さま、
遠くに、近くに、その時その一瞬一瞬に、温かい眼差しと静かな想いを送り続けてくださった皆さまに、
絶大なる敬意と深い感謝を込め・・・・・・

ほんとうに、ほんとうにありがとうございました!!
皆さまは青い鳥の宝物だぁぁぁぁ!!!!!


いつか どこかで また会いましょう
雲なき 全き青空のもと 
遥かなる“そこ”に眼差しを向けてさえいれば
きっと また 会えるはず・・・

いつか どこかで また会いましょう

« 飛んでけ、青い鳥〜by 天光眞弓 | トップページ | 「私がヤクルトおばさんになっても…」by芹川藍 »

コメント

青い鳥の大阪公演が終わってからずっと、青い鳥のことを考えてしまう。
まるで好きな人を想うように、、、。
いや、違う。
まるで亡くなった人を想うように。

私のなかで、青い鳥は死んじゃいました。
それくらい、ひとつの公演というのは、人の一生分くらい重みがありますね。

どうしてそんなに、キラキラキラキラしているの?

雨過天青

晴れない雨はない 雨の後には青空がある
あの雨があればこそ、空の青さが眩しい

モモエさんのあと母の容態が急変し 母を看取り
母の喪が明けて「普通の生活」を観に行けた。
モモエちゃんのさよならの向こう側が心の支えになった。

どんな時も、どんなに辛い時も、人生に迷った時も
青い鳥の作り出した世界が背中を押してくれていた。

これでいいんだって
迷ったって、悲しんだって

そして、お芝居を観に行く日は
どんなに悪天候の日でも飛行機から見える空は
青かった

飛行機から見る空を見る度に
また、会えるその日の空を
その空の青さを感じれる

どんな日でも、その向こうには晴天が待っている
その青い空を
また会える日を
その日が来ることを願ってます。

どう言葉にすればいいのか。
どんな風に伝えればいいのか。
いつもごそごそと言葉を探しているうちに
何も言えぬまま。
あ、と思うとその人はもう背中しか見えなくて。行ってしまう背中を追いかける勇気もなくて。うつ向いたまま時をやり過ごすのがいつもの私。
でも!そんな私にも青い鳥の芝居は勇気をくれた。時には大きな白いゆでたまごになって。時には猫のほおさんになって。時には一緒に宿題を探して。

大丈夫って。きっと見守っているからって。
自分であること。それがおまえのとりえだって

泣き笑いしながら見た一瞬一瞬がずっと心に焼き付いています。あの時は今の距離が信じられないくらい遠かったはずなのに、でも何故か変わらない。
また、うまく言葉にならないのだけど。でも飲み込まずに伝えたい。

本当にありがとうございました。大好きです。いつか、またどこかで。
それを待ち続けています。

生きるということの切なさ、愛おしさ…。

美しい物語を、すばらしい舞台をありがとうございました。

青い鳥は、気づけばいつもそこにいて、幸せを教えてくれました。これからは、自由に羽ばたく青い鳥を見つめながら、自分で幸せを見つけていかなくちゃ、と思います。
青い鳥の新しい旅路に、ありがとうの心を込めて。

19歳の時に初めて青い鳥のお芝居を観て、それから30年。。。
ずっとずっと憧れ続けて来ました
この先、お芝居の予定がないと聞きましたが、
アッシは何十年か前、最後かも知れないと「最終版ゆでたまご」を泣きながら観ましたが、
その後しばらくして形は変わったものの、またみなさんのお芝居と再会できた経験があります
?( ? )?
またきっと舞い戻って来てください。。。

何回観ても舞台の中に引き込まれました。登場人物の方々は、知り合いの人達と錯覚し、親しみを感じ、観る度に懐かしく思ってました。訳わからず共感するって変ですけど…

『普通の人々』と『普通の生活』の登場人物が交じり合って、毎日妄想のなかで騒々しく頭の中を駆け巡っています。

傷ついた翼を、疲れた翼を休ませて回復されるよう祈ってます。
季節の変わり目、どうぞご自愛ください。

この時代に生まれあわせて、青い鳥に出逢い、
その世界を覗き見る1人になれたことに
その運命に
感謝します。

心からそう思える、大好きで不思議な不思議な
劇団青い鳥です。

「生きるとは、屈することなく選び続けること」

大きな人生の選択もあれば、今日のご飯は魚が肉かのような小さな選択もあり、その無数の選択の枝分かれの果てに、私たちは奇跡のように出会えたのだと思います。

そのまた先に、扉を開けたところに立っている私に会いに私は行くのですが、そこが晴れた日であろうと、雨が落ちてきそうな曇天であろうと、やはり、きっと私は私が受け取ってきた青い鳥の世界、その眼差しを大事に抱いているのだと思います。

私の最初の扉は、佐紀さんが哲子の部屋のドアを蹴破って入ってらしたときに開きました。
あの時、自分の中で扉が開く音を聞いたのです。
開いた扉の前で困惑していた私は恐る恐るそれをくぐり、そして今ここに立っています。

奇跡だと思っています。

生きていればこそ、
生きていればこその様々な
希望、ため息
焦燥、傷つき
悲しみ、楽天

続けていればこそ、
続けていればこその
誉れと感謝

好きな一瞬がすべて青い鳥だった。
と、おっしゃる佐紀さん。

青い鳥ブランドは決してすたれないのだと
わたしは思います。

きっとまた、どこかで、いつの日か、あいたいです、

生きていればこそ。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1393125/69889629

この記事へのトラックバック一覧です: それは全て青い鳥だった~by葛西佐紀:

« 飛んでけ、青い鳥〜by 天光眞弓 | トップページ | 「私がヤクルトおばさんになっても…」by芹川藍 »