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2017年3月

2017年3月27日 (月)

「嗚呼、美しきラジオ体操」by高彩裕子

春はすぐそこまできているのに寒い日が続きますね。

先日は東京A・SO・BO塾 の本公演に向けて
33人の「わからなければモモエさんに聞け」がついに出航、はしりだしたそうですね!!!

凪の日も嵐の日もどんな時も
一艘の船にはみんなが最後まで乗り組んで突き進めますよう応援しております\(^o^)/


ついこの間、終わったばかりなのに、、
なんだかもうずいぶんと前のことのようですが
「普通の生活」の未公開映像を見つけました!
ついに公開してしまいます(=´∀`)人(´∀`=)

東京公演千秋楽の本番前、
キャスト、スタッフ揃ってのラジオ体操。

空気が澄み、皆んなの気が満ち溢れているような
美しきラジオ体操です♪

https://youtu.be/rFJrU-nX0b4

2017年3月26日 (日)

『ASOBO塾出航です』演出助手・渡辺

昨日、東京ASOBO塾は『ASOBO版~わからなければモモエさんに聞け』のキャステング、本読みをおこないました。
原作・天衣織女 潤色演出・芹川藍です。

33人バージョンのモモエさん。

本読みに参加した衣裳担当の葛西さんからのメール。

*****************
モモエさんの本読み、立ち会えてよかったです。

力強い骨太の、面白い舞台になりそうな予感!!
ワクワクしながら、衣装ができそう!!

衣装部の決起集会でも、かっこよくて、気の利いた、美しい舞台にしようとエイエイオーをしました。

みんな楽しそうで、一生懸命でした。

そして何がすごいって、あのモモエさんをこのモモエさんに・・・

33人バージョンにしたその力量、見事としか言いようがないです。

感服つかまつったぁ!!!
*****************

ASOBO号が出航しました!
小波大波荒波乗り越えて。
11月23日青天のゴールを目指して。


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2017年3月21日 (火)

「過去は鮮やかに意味を変える」~by近内 仁子

昔、通った声優の学校の地下に
吹替収録用のスタジオがあります。

先日たまたま、そのスタジオで吹替の仕事があり、
久しぶりにその学校を訪れました。


季節は3月
上位クラスへの進級試験の合格発表が張り出されていました。

私は以前、
この試験で上クラスに受からず
同じクラスを受け続けるかの選択で
この学校を去りました。


合格発表を見ながら
その時の気持ちが蘇りました。

何度も探しても発表の中に自分の名前を見つけられなかった時、

力が及ばなかった悲しさ、
もう…吹替の道は難しいんだろうな…と、
静かに諦める気持ちでいっぱいになったのです。


その時の感覚を思い出しながら
今、声の仕事ができているのが
心からありがたい、幸せだと思いました。

ここがあったから、今がある。そう思えればいい。
ネガティブな事も
どう変化するかは分からない。


「▲▲があった。
だから(そのおかげで、そのせいで)◯◯になった。」
の過去あった▲▲より
その後にやってくる「◯◯」が大切なのではないかと思いました。


せ~んろ~はつづくよ~♪
どこまでも~♪


過去は鮮やかに意味を変える…


そんな事を
うらうらと考える
春の日です。

2017年3月18日 (土)

「腰ですよ!コシコシ!!」by 長井八美

久しぶりに近くの公園に出かけてみると、かたい蕾の桜の隣で、「カンヒザクラ」が満開だ。「カンヒザクラ」とは「寒緋桜」と書くらしいが、その名のように寒い中にあでやかな緋色の花を咲かせている。

下を向いて咲いているのが「桜」ほどの自信がなさげで愛しい。春ですよ。と小さな声が聞こえる。以前、植物学者の先生から「下を向いて咲く花には、下を向いて咲く意味がある」と聞いたことがある。「寒緋桜」も何かその役目があるのだろう。

「普通の生活」が終わって、制作の私はいろいろな残務整理に追われている。それとともに、新しいこともいろいろとある。春は新しいことが始まる時でもある。

中でも今年の春、私は新しいことに挑戦せざるをえなくなった。今回は私事で恐縮ですがそれについて書き留めます。

「母の自宅介護」である。これまでも、母とともに暮らしてきたので、ある程度の介護はしてきたが、そんなのは甘かった!のである。

2ヶ月前、母は「尿路感染症」で突然入院した。まもなく満99歳になるが、健康だった母は人生初の入院である。その結果、これまでは、手引きでトイレにも行き、階段すらも上り下りしていたが、それができなくなった!

公演が終わった私は、いよいよ母を自宅に向かい入れることにした。

まず、床ずれができにくいベッドをレンタル。

病院で、ベッドから母を車イスへの移乗させる練習、おむつ交換の練習などなど。

若い男の理学療法士?さんが先生だ。まず、軽々と母を抱えて車イスに乗せてみせる。

私が母をかかえて車イスに移らせようとすると、

「腰!コシコシ!!腰をグッと入れて!はい、そうそう」と言う。

「腰を使わないで持ち上げようとすると、介助の方に負担がかかります」

「はい。わかってはいるんですが…。」痩せていても母は重い。何かコツがあるはずなんだが…

「ここまでで何かご質問は?」

「いいえ。」質問はどない。後は何度もやってコツコツやってコツを習得するしかない。

「もう少し病院で練習してみましょう!お時間を作って来てください」

「私をいくつだと思ってるんだ!もう老老介護の域なのだぞ!」とわけもなく、目の前の男に叫びたくなるがそうもいかず、

「はい。そうですね。」と笑って答える。

腰だ!腰を入れる練習をしよう!それしかない。

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2017年3月15日 (水)

「私がヤクルトおばさんになっても…」by芹川藍

「私が青い鳥を辞めて、ヤクルトおばさんになっても私の事、好き⁉」
「大丈夫、好き」
かつての私の恋人たちはそう言ってくれた。

なぜヤクルトおばさんだったのか…。
深い意味はナイ。
築地市場の魚の仲買人でも、マッサージ師のおばさんでもよかった。

43年間の青い鳥の生活の中で、なんどか役者を辞めようと思った時に尋ねたセリフだ。
目の前のこの人は『役者』であるワタシが好きなんじゃないだろか?
芝居をやらないワタシを好きでいてくれるのか?

それくらい不安だったんだなぁ。
将来が不安だったんだなぁ。
いつまで役者を、芝居を、青い鳥を続けられるか。

しかし、今はかつての不安はなくなった。
なぜなら、今ヤクルトおばさんになれない歳になっちまった。

今はこう尋ねる。

「私がオムツになっても好き?」

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2017年3月12日 (日)

それは全て青い鳥だった~by葛西佐紀

あの未曾有の災害から6年たった、そして「普通の生活」を終えて一週間たった。

どうしったって時間は流れていくんだなぁ
私は、今神田川沿いの、まだ固い蕾の桜を見上げている。


モリスケのケーキをジッと見つめ続けるサチ雄の天衣織女
そこには孤独とひたむきな、一途な眼差しがあった。


老母から、アゴを上げスックと立ち上がる天光眞弓
そこには毅然と立ち向かう、晴れやかな清々しい時間があった。


舞台に出ていく役者たちを見守り、大丈夫!と声を掛け続ける芹川藍
そこには直感と意志が持つ切ないほどの豊かな魂があった。


私の大好きな、泣きたくなるほどの一瞬は、全て青い鳥であった。


たくさんの希望と、数えきれないため息、
身をよじる程の焦燥と、深い傷つき、
崩れ落ちそうな悲しみと、どうしようもない楽天と・・・・・・


43年、そうやって選び取ってきたこの道を誉れとできることに私は感謝します。


そして、
ドタバタ、ジタバタといまだもって迷い子の私達が、今ここに奇跡のように在り続けることを可能にしてくださった方々、
これまで寄り添い、見守り、共に歩き続けてくださった皆さま、
遠くに、近くに、その時その一瞬一瞬に、温かい眼差しと静かな想いを送り続けてくださった皆さまに、
絶大なる敬意と深い感謝を込め・・・・・・

ほんとうに、ほんとうにありがとうございました!!
皆さまは青い鳥の宝物だぁぁぁぁ!!!!!


いつか どこかで また会いましょう
雲なき 全き青空のもと 
遥かなる“そこ”に眼差しを向けてさえいれば
きっと また 会えるはず・・・

いつか どこかで また会いましょう

2017年3月 9日 (木)

飛んでけ、青い鳥〜by 天光眞弓

劇団青い鳥が「普通の生活」東京、大阪の全公演を終えました。

嵐の日々でした。この数年、旗揚げ当時より頻繁で、頑張ったつもりの公演の季節が終わりました。

 

劇団青い鳥は「転校生」。。。演劇界の。と呼ばれていました。

私たちは「演劇界」という世界のこと、よくわかっていないまんま、43年前に生まれてその世界にい続けました。もうちょっと居心地の良い場を欲しくて。

自分たちがやっていることに名前をつけるとしたら・・・演劇?芝居?・・・役者?女優?

どれにも少しピッタリ感がなくて、面映くて、お尻がこそばゆくて、長年の慣れ?で距離感は縮むような、でもやっぱり広がるような。

世間と自分たちの間の何か〜変なこと、素敵なこと、ややこしいこと、違和感を感じながら。

今回、「普通の生活」を観て脚本家〜大森寿美男さんが寄せてくださった。

「青い鳥はもはや青い鳥という一つのジャンルだ」

青い鳥というジャンル・・・

それは・・・

自分たちにぴったりの名前を思いつかないまま、ちょっとだけ居心地良い場を作ろうとした私たちの希望と

私たちに向けられた濃い、熱い、栄養たっぷりの・・・眼差し・・・ 

客席から、舞台裏から、劇場のあちこちから

仕事の合間から、お買い物の帰りの道から、皆さんの普通の生活から

向けられた思いと力でできているはずです。

深い呼吸をして感謝したいです!

本当にありがとうございます!

 転校生の青い鳥、翼に温かいものを感じながら、ちょっと違う空を飛ぶのかもしれない。飛んでけ、青い鳥!


みなさま、また会いましょう。

いつの日か、どこでだか、分からないけど

また会いましょう

気持ちよく晴れ渡った空の下で

 

2017年3月 6日 (月)

劇団青い鳥の閉店ガラガラ BY 天衣織女

 

終わった。

 

終わってしまった。

 

2017年3月5日大阪にて。

 

大々千秋楽を。

 

 

 

まるで街の片隅で、43年間その味を頑なに

 

守り続けたラーメン屋の閉店のように。

 

いやその味はむしろ頑固に変化させながら、

 

お客様に新しい味を提供しようと挑戦し続けたラーメン屋の

 

閉店のように。

 

チェーン店は決して持たず、

 

マスコミにもそれほど取り上げられず、

 

時代遅れの店構えで、

 

だから売り上げはいつもヒヤヒヤでトントンで、おやじさんはへトへトで・・・。

 

それでも行列して支持してくださったお客様の拍手に見送られ、閉店を迎えたしあわせなラ―メン屋のように。

 

そのラーメンの味がお客様の舌の記憶の中にあり続けますようにと祈りつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

劇団青い鳥を観続けてくださったお客様、

 

数回でも観てくださったお客様、

 

本当にありがとうございました。

 

もう「まいど、ありー」とは言えなくなるけど、

 

またいつかどこかでお会いする日まで、健やかな胃袋でお暮しくださいね。

 

でないと、私たちのラーメンが食べられなくなっちゃうから。

 

だって、とんでもない味付けのラーメン屋をまた開店するかもしれないし・・・

 

明日か、1年後か、今世か、来世か・・・わからないけど・・・

 

「ではでは、お客様、これまでのご愛顧、本当にありがとうございました。いちどう、礼!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『普通の生活』ありがとうございました!

『普通の生活』大阪公演が終わりました。

温かな温かな拍手の中での大千秋楽でした。
心のこもった花束をいただきました。
楽屋に戻ってまだメイクも落としていない写真です。

本当に本当にありがとうございました。

また会うその日まで。
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