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2016年8月

2016年8月27日 (土)

『次は…』by演出助手・渡辺

私はスポーツが好きだ。
 
と、以前にも書いた記憶がある。きっと四年前だったんだろう。
子どもの頃、待ち遠しかったスポーツの祭典が、あっという間にやってきて去っていた。
 

日本との時差が12時間のラテンの国に向け、気力体力の続く限り叫び、嗚咽し、拳を突き上げ続けた。
 

中継、結果、特集とTVをザッピングしまくり、仮眠をとって次の競技に備える。
移動中はスマホの配信。
28競技306種目のうちどれだけ観られるのか不安になりながら。
 

「アンタ、仕事中に観てないだろうね。それとも寝てるんじゃないの?」と、しょっちゅう芹川さんから言われた。
 
それはない。
それは私の流儀、信義、ロマンに反するのだ。
私自身がやるべきことを行わないと、全精力を傾け闘う選手に失礼なのだ。
仕事中にチョイ見し、鼾をかくぐらいなら、仕事を休む。
「全ては聖火が燃えるこの時の為に」
 

「オリンピックはアンタの何んなの?」と芹川さん。
そうなのだ。
私が努力したわけではない。私に才能があったわけではない。私が育てたわけではない。
 

『普通の人々』の稽古が始まった。
登場人物は100mを9秒台で走ったり、水中から足を突き上げたり、200kgの鉄の塊を持ち上げたりはしない。
TVを観ながら「ヨシッ」と叫ぶ普通の人々だ。
 
ただこの“普通の人々”にも劇的で、辛辣で、歓喜溢れる瞬間があることを、この舞台は気づかせてくれる。
 
『あらゆる人間の総意が地球をまわし続けている』
劇中で出てくる言葉だ。
 

 選手とともに涙する健気な人々が地球を生かしているのだ!
と思いたい…。
 
さあ、次はサッカーワールドカップ予選。
「負けられない戦い」がまたやってくる。
 「スポーツって一年中あるのねぇ~」という芹川さんのコトバが聞こえてくる。
 『普通の人々』
http://www.aoitori.org/index.html

2016年8月24日 (水)

『普通の人々』

夏休みもあと少し…。
 

ちょっとせつない季節です。
でも、秋になればやってくる!
『普通の人々』
茨城~大阪~鹿児島公演。
 

昨日より稽古も始まりました。
より一層掘り下げられた舞台を目指しています。
 

ぜひお近くの会場にお運びください!
 

 

☆ひたちなか公演
10月1日(土) 14時
ひたちなか市文化会館小ホール

☆大阪公演
10月8日(土)17時 9日(日)11時30分/16時 in→dependent theatre 2nd

☆鹿児島公演11月20日(日)13時30分 サンエールかごしま

お申込 :青い鳥創業 tel03-5738-7181
http://www.aoitori.org/index.html

011

2016年8月21日 (日)

「私はいつも想いを頂いて先に進むんです(T_T)」〜by近内 仁子

8月…なかなか頑張ったんです。
声の仕事がキャパオーバー位に頂いて。
アップアップだったり、嬉しかったり、
転んだり、笑ったり、落ち込んだり…

で、ふと部屋で顔上げると
部屋に貼っている
青い鳥カレンダーの7月・8月の言葉
「悩んで大きくなる!」
って書いてあるんです。。
その言葉に、どれだけ背中を押してもらったかm(__)m✨

青い鳥カレンダーの言葉は、
いつも私に、その時ドンピシャで
だから、次めくる月まで、次の言葉を見ないようにしてるんです。
次の月がきて
めくるのが楽しみだから。

いろんな言葉に支えられてきました。

平成元年、私と裕子ちゃんが青い鳥に入った時
芹川さんが言って下さった言葉が
今も私のお守りです。

「もし自分が信じられなくなった時は
あなたを選んだ私の勘を信じなさい。
あなたを選んだ青い鳥を信じなさい。」

私はこの言葉に支えられて、ここまで歩んでこれたのだと思います。

青い鳥の想いだったり
親の想いだったり
応援して下さる方達だったり
役者仲間の勇姿だったり
ASOBO塾の方達のひたむきさだったり
テレビの向こうのアスリートだったり

私はいつも想いをもらって
前に進む力を頂いてるんだと思います
(*^^*)

さて、少し落ち着いたら
青い鳥のアスリート達の稽古場に行こうっと♪
( ´ ▽ ` )ノ
今、「普通の人々」大阪、鹿児島、ひたちなか公演の稽古をしてる青い鳥のアスリート達に。

「普通の人々」の稽古に遊びに行って
前に進む力を!想いを!
頂くのだー!
(=´∀`)人(´∀`=)

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「普通の人々」

☆ひたちなか公演
10月1日(土) 14時
ひたちなか市文化会館小ホール

☆大阪公演
10月8日(土)17時 9日(日)11時30分/16時 independent theatre 2nd

☆鹿児島公演11月20日(日)13時30分 サンエールかごしま
ご予約はすべて

[青い鳥創業]http://www.aoitori.org
予告ムービー https://youtu.be/Im_MlL0qxTE


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2016年8月18日 (木)

「普通の人々の毒」by 長井八美

夏休みはどこも忙しいらしく、母の通っているディサービスもショートステイも受け入れてもらえない日が3日間あった。暑い家で過ごすより、涼しいところに母を連れて行こうと、箱根に出かけた。滞在したホテルは庭が広く、木立の間から芦ノ湖が見える。

「気持ちがいいね。気持ちがいいねー」と何回も母は繰り返す。本当は気持ちのいい温泉に入れてあげればさぞ喜ぶと思うのだが、私一人の力ではどうすることもできない。私が何者であるかは、はっきりとはわからないのだと思うが、きっと、安心感があるのだろう、だんだんと顔が緩んできた。

その寝顔を見ながら、間違いなく「普通の人々」の一人として歩んできた母の98年を思う。いい妻として、いい母として、ありたいと母は願ったに違いない。

父は少年院に勤務して、日本の何カ所を回った。母はそんな父を支えていたと私は思っていたが、このところ「あの仕事はイヤだった。悪いことをした少年と一緒にいるのは怖かった。結婚したときはあんな仕事につくとは思わなかった」と不満を言う。これには、あちらの世界で父も苦笑いをしているに違いない。

善良で、やさしく穏やかな性格だと思われている母の中に眠っていた「毒」。本音とは「毒」を含む。それは誰の中にもあり、だからこそ人間は面白いのだろう。

夏休みの3日間が終わる日「もう夏休みは今日で終わり!東京に帰りましょう!」と言ったら、「楽しかった」と母がつぶやいた。その一言で、介護疲れの私は救われた。

そのことを一緒に来た弟に言うと「本当にそんな会話しているの?私には心を開いてくれない」と言う。「まず、自分が心を開かなければ、相手は開いてくれないのよ」と、姉さんぶって偉そうに言う私。

私も弟も、母にいいように扱われている。実に人を見る目があるのだ。心の中では「ナンチャッテ」なのかもしれない。98年「普通の人々」をやってきた母にはいずれにしろかなわないのだ。

「普通の人々」の稽古が、ひたちなか市、大阪、鹿児島に向けて始まります。東京公演から1年。気を引き締めて向かいます。

「普通の人々」

☆ひたちなか公演
10月1日(土) 14時
ひたちなか市文化会館小ホール

☆大阪公演
10月8日(土)17時 9日(日)11時30分/16時 independent theatre 2nd

☆鹿児島公演11月20日(日)13時30分 サンエールかごしま

ご予約はすべて

[青い鳥創業]http://www.aoitori.org

予告ムービー https://youtu.be/Im_MlL0qxTE

2016年8月15日 (月)

普通に便利なペットボトル〜by 芹川藍

10年位前の夏、田舎に帰った時、父がサイダーのペットボトルを見つめて言った。


「よかな〜立派じゃな…軽くてなあ、水いっぱい入るなあ〜」


なんでも「水汲んでこーいsign01」と上官に言われ、竹筒に必死に注いだそうだ。


倒れた戦友に水汲んできたくても大変だったんだろう。


ペットボトルを何度も撫でながら、「いい容器だね。。。立派だね。。。戦争中、これがあったらどんなに便利だったかなあ。。。」と言っていた。


私はその話を上の空で聞いていた。
当たり前のようにペットボトルは棄てるものだと思っていた。
「そうなの…。」と聞き流していたけれど。

今日は終戦記念日。
71年めを迎える。
あの日を知る人がどんどん少なくなる。


得てきたものの大きさ以上に、失ったものを大きく感じる。

捨てるのが当たり前と思っていたペットボトルの便利な使い途でも考えてみようかな。
なにかに使えないかなあ〜と。


冷蔵庫の中の区分けに、
楽屋の筆立てに、
湯タンポに、
植木鉢に。
 
 
皆さんはペットボトルを便利になにかに使ってるsign02

………………………………
「普通の人々」

☆ひたちなか公演
10月1日(土)
ひたちなか市文化会館小ホール

☆大阪公演
10月8日(土)9日(日)independent theatre 2nd

☆鹿児島公演11月20日(日)

[鳥]http://www.aoitori.org/index.html


2016年8月12日 (金)

東京の熱い夜~ by葛西佐紀

私は彼らの母親ではない。兄弟でもなければ、親戚の叔母さんでもない。
ましてや、彼らの幼少のみぎりを知る近所のオネエサン?いやオバサンですらない。

彼ら・・・、勿論それはリオで戦うアスリート達のことである。

彼らとは全く縁もない、赤の他人の私であるのに、この胸を突き上げる喜びや、無念さは
何処から湧いてくるのだろうか。

敗者として流す涙とその沈黙の隙間に、勝者として零れ落ちる涙とその笑顔に、
よくやったよ!!スゴイよ!!カッコイイよ!!
と無条件に感動してしまう私は一体何なんだっ!!


感動はお互いの情感を共有することで生まれるというけれど・・・
だとしたら、私は彼らアスリート達と一体何を共有しているのだっ!!


リオから遠く何千キロ離れた、東京の夜
拳を握りしめ、胸を詰まらせるオバサンの私は、一体何なんだっ!!・・・・・・

と考える間もなく、連日連夜の、熱き戦いの夜なのだ。


今日が良かったからといって、明日も良いわけじゃない。死に物狂いで練習したからって
花咲く結果とは限らない。

運を味方につけることもあるだろう。運に背かれることもあるだろう。

本番、その瞬間は誰にも縋れない、
自分を信じることだけを頼りに挑み続けなければならないことの、しんどさ、困難さを
想像するだに、あな怖ろしやぁぁ~である。


そして、であるが故に思うのである。

彼らと共に歩き、共に戦い、導き続けるコーチの偉大さを。

水泳の平井コーチ、テニス錦織圭のマイケル・チャン、古くはボクシングのエディ?さん

東京A・SO・BO塾の入塾式の時にも言ったけれど、
名コーチとはその本人の才能を、もしかすると本人以上に信じ、愛する存在であるのだと
思うのである。

(芹川藍は一対一ではなく、一対三十人なのだよ。その大変さと力量は押して図るべし!)


リオの戦いが終わる頃、「普通の人々」の稽古が本格的に始動する。

芹川藍という名コーチに見守られながら、“その時”を向えるために!!!


あな怖ろしやぁぁ~~~である。

2016年8月 9日 (火)

「その流儀にクラクラ〜っと」〜by天光眞弓

とある町、日本のラテン系と言われているあそこ、のとある町に泊った時のこと。

隣り合った小さな家がギュウギュウに集まった住宅密集地。
泊った翌朝早く、人通りのない道をコンビにまで歩く…
前から、かなり高齢の、まあ、おばあさんが歩いている。私の方に向かっている感じ…至近距離まで近づいたその瞬間!
「ネエチャン、今日は日曜か!?」
え!? ネ、ネ、ネエチャン!?…私のことぉ…!?だろうね…他に誰もいないし…
いや…ちょっと…見知らぬ町で見知らぬ人が、とっても唐突だし、頭、クラクラ。
「今日は日曜か?」その人はもっと勢いつけて訊く。
「ああ…はい…」ようやく頭が回転した。
それを聞いたか聞かないか、その人、とっとと通り過ぎて行った。
コンビニから帰る道、あら、またその人が道ばたにいる。
「日曜は病院、休みか?」
またもや早業クエスチョン。
ビョ、ビョーイン?!…ああ、だいたい…ニチヨウは…そうかもしれない
「…そうだと思いま…す」
「ま…す」のあたりでは、またもやクルリとどこかへ。
またもや頭クラクラ。
なんだ、なんだ…・この辺りはそういうのが流儀?
この辺スタイル?
私の母が住む九州のとある町のこと。
道ばたで子ども達がボール遊びしている。
学校から帰って行く。
私、買い物に行くので歩いている。
「こんにちは!」「こんにちは!」
え!?
ダレ? 
それ、私に?!
アナタ、ワタシ知ってる? ワタシ、アナタ知ってる?
頭の中、ゆるいクラクラで、ガイジンみたいになってしまう。
気を取り直して…ワタシ、大人だし…
「コンニチハ」
なんだか転校生になったみたいで、恥ずかしくもあり、声も態度も小さくなってしまいます…クラクラ…
これが、ここいらの流儀?
この町スタイル?
どこの誰か知らない人の強引な「ネエチャン!」
どこの誰か知らない子供たちのものおじしない「コンニチハ!」
いろんな流儀で世の中、動いているんだわ。
ワタシの流儀はまだ確立してないな〜
どっちで行くかな〜

2016年8月 6日 (土)

ああ、夏木マリにはなれなくて、夏!      By 天衣織女

40代の頃、ある舞台の客演をした。

女性の役者さん数人の楽屋は穏やかで平和だった、

それなりに。

そんなある日、

20代後半のきれいな感じのいい役者さんが、

突然私を「お母さん」と呼びはじめた。

私はあまりに仰天しすぎて、

何をどう反応すればいいのかわからず、

それをそのままにした。

まわりの役者さんも驚いていたようだったが、

そのままにしていた。

それぐらい、わけのわからぬことだった。

 

ひょっとして、これって、アレ?

ほら、マスコミなんかでよく見る、

ほら、森 光子さんなんかが、ジャニーズのアイドルに

「お母さん」と呼ばれるパターンの・・・マイナー版・・・?

で、あとからトークショウなんかで、

「僕たち、森さんをお母さんと呼ばせていただいてるんです。

いろいろアドバイスとか差し入れとか下さって、

ほんと尊敬してるんです」的な・・・

 

私の場合、なんも彼女に、アドバイスしてないし、

できないし・・・差し入れはこっちがもらいたいぐらいだし・・・

それに、トークショウ出演って話も来ない。

 

それとか、アレかな?

ほら、夏木マリさんなんかが、こわもての若いラッパーに

「おれ、姉さんには、いつも叱られっぱなしっすよぉ~、

でもまじリスペクトしてるんすよぉ~」的な・・・。

 

私、なんも、ひとさまを叱るなんて、

そんなおこがましくて恐ろしいことできないし・・・

ま、お母さんより姉さんのほうがまだマシか・・・

って、そういうことかぁ?

 

 

アレかなぁ・・・

人というものは、特にひとつの仕事を続けている女性は、

年齢を重ね、老齢になるにつれ、スターウォーズのヨーダみたく(ヨーダは男か女か?)、

言葉に重みをもった、

ひとさまから「お母さん」とか「姉さん」とか呼ばれる人間にならないと、

カッコつかないことになるのかな。

世の中の酸いも甘いも噛分けて、

なのに、未だにポップな生き方なんかしちゃってて、

発する言葉はイッポン筋の通った的な・・・、

夏木マリさん的なものにならなきゃ、ヤバいのかな。

 

  私はこの歳で、未だに悲しくなるほど自分を大人だと感じられないでいる。

イッポン筋が通るどころか、

1分前の発言を「あ、今のナシナシ!」すぐに訂正したくる。

道を歩いていて、風なんか吹くと、

両手を広げて飛行機になるし、

ウワワウイーウエーと叫びたくなる。

まだ野良犬と親友になりたいと思っているし、

いつでもオロオロして、ドキマギして、ハラハラして、ニヤニヤする。

 

だいたい、酸いも甘いも噛分けるって実際どーいうこと?

ワビ・サビと同じぐらい、わけがわからない。

 

 

  ずーっとかっこ悪く生きてきた私は、これから先も、

「お母さん」も「姉さん」も「おばあさん」も御免こうむりたい気持ちで生きていく。

 

 

 

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