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2016年4月12日 (火)

生きてるって~ by葛西佐紀

確かブラッドベリの「たんぽぽのお酒」だったか・・・主人公の少年がある疑問を投げかける。
「世界中の誰もが自分が“生きている”って知っているのだろうか」と・・・

内容はほとんど忘れてしまったが、このくだりだけは鮮明に覚えている。

何故なら、その時私は20歳位だったのだが、子供のときのある一瞬を思い出したからだ。


まだアツギのウィーリーナイロンが出回る前で、木綿のリブ編みの長靴下を
靴下止めではいていたいた頃のことを!

伸縮性に乏しいその長靴下はしょっちゅうずり落ちるは、靴下止めがきつくて痒くなるは・・・
鬱陶しくて、たまんなくいやで・・・でも、冬が終わり、そろそろ桜が咲き始める頃、
その鬱陶しさから解放されて、外へ出たときの事を!

スカートの中を風が通って、足を撫でていく・・・
その気持ちよさ・・・心が浮き立つ感じ・・・少しの心もとなさ・・・
そして、その時、お母さんはこれを知っているんだろうかと思ってしまったことが、
そのこと事態が、すごく怖くて、不安だったあの瞬間を!

そんな幼い頃の自分を見つけた二十歳過ぎの私は、うれしいやら、切ないやら、可哀想やらで涙があとから、あとから出てきて、電車の中で極まり悪いことこの上なしであった。



今、A・SO・BO塾は「銀の実通り」本番に向けて、稽古は山場を迎えている。

そんな中、芹川藍の熱き心と冷静な眼差しに導かれて、
塾生一人ひとりが決して戻ることの出来ない幼い頃の自分を抱きしめる瞬間に、
そして、今ここにある自分を解き放つ瞬間に私は立ち会った。

また、それは芹川メソッドの持つ普遍的な力によって、一人ひとりの“生きている”が引き出された瞬間でもあった。

何がうれしくて、何が切ないのか、何が苦しくて、何が果てしないのか、何が可哀想で、何がヤルセナイのか・・・
言葉にしがたい“生きる”ことに伴うあらゆる感情が一つの塊となって稽古場に満ち溢れていた。そして、私もそこにいた。



芹川藍が芝居をとおしてA・SO・BO塾でやろうとしている、自分に共感し
人に共感するということの本当の意味がそこにあった・・・と今私は改めて実感している。


「たんぽぽのお酒」の主人公、確かダグラスだったかなぁ~彼に言ってあげたい

ダグラス君よ!少なくともA・SO・BOの人たちは、“生きている”ってこと、
知っているよ!!って。

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コメント

葛西先生の言葉に、切なく温かいあの時間が蘇ってきました。
「子供の頃の夢」のシーンも、ダンスも、夢の中のように大きな愛に包まれて、心が溶けて熱い想いが溢れました。
あの場でみんなと一緒にいられたこと、A・SO・BO塾に出逢えたこと、嬉しい気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。

よかったね!みんな!その場に、居合わせなかったけれど、早くみなさんに会いたくなりました!『銀の実通り』のその名のとおり、びっしり実のついた大きな木に育ちますように。

10数年前、自己発見講座で先生から「小さい頃の自分に何て言いますか」の問いには、辛くて泣いてばかりでした

今出逢えたら「ひとりじゃないよ」と抱きしめてあげたいです

あの時は、まるで胎内にいるかのように何もかもが自由で泣いてもいい、祈ってもいい、愛してもいいと
身体が震える強い想いでいました。
みんなが好きで好きで堪らなくなりました。
ありがとうございます

前回の講座は記憶の蓋がパッカリ空いて、自分でも不思議な感覚でした
でも気持ちが少し軽くなり、幼い頃の自分が愛おしくなりました

先日の稽古で溢れ出した想いを、冷凍保存しておければいいのに、と思いました。
子どもの頃って、どうしてあんなに不安で、不安で、ご飯食べてる時、息苦しくて、息を吐かなくちゃって
思っていたことを覚えている。
私がもし、24歳で死んでいたら、生きるってつらい、で終わっていたと思う。
今は違う。生きていて良かったって思える。
青い鳥に出会えてよかった。ASOBO塾に出会えてよかった。

もう言葉はいりません。
私たちを照らしてくれる光に、遥か彼方に確実にある光に向かって進むだけです。

あの時の時間は どんどん出てくる涙と鼻水
先生の言葉に抑えきれない思い
なんだか夢の中にいたような感じです
でもふとした瞬間に
先生の仰っていた意味が私の遠い記憶と重なり
涙と一緒に暖かな記憶になっています

葛西先生の言葉にまたもや涙です


asobo塾にいられることは本当に幸運なことです
間違った方にいってもそれに気づきますように


先生ありがとうございました
これからもどうぞよろしくお願いいたします

大きな波に、うねりに身を任せたような感覚の時間でした。
今まで普通に聞いていた皆のエピソードが、突然実態を持って目の前に現れたような、
そこに立っているのは寂しい眼をしたあどけない子供で、その子に
「どうして?どうして?」
と、問いかけられているような気がして、涙が止まりませんでした。
あの時間を持てたことを、
あの時間を創って下さったことを、
感謝します。

ありがとうございました。

ちいさい頃、縁先にひとり座って蟻を見ている私に、「あなたが生きてきてくれたから、いま私は自分が『此処に居たい』と思える場所にいるよ。ありがとね」と言えたように思えた時間でした。その場が光に満ちるように見えた時間でした。

ブラッドベリの『たんぽぽのお酒』です。私のファーストブラッドベリでした。


たんぽぽのお酒。
 この言葉を口にすると舌に夏の味がする。夏をつかまえてびんに詰めたのがこのお酒だ。それにダグラスが、自分が生きていることを知り、ほんとうに知って、世界を転がりまわってそれをすっかり虜で、目で感じとったいま、彼のこの新しい認識のいくらかを、この特別の収穫日のいくぶんかを、封じこめてとっておき、雪が降りしきり、何週間も何ヵ月も太陽をおがむこともなく、おそらくはあの奇跡のいくぶんかはすでに忘れさられて、再生を必要としている一月の日にあけられようとしておくことこそ、ふさわしい、適切なことであった。今年は推測もつかないほど驚異の夏になろうとしているのだから、彼はそれを全部しまっておいて、ラベルを貼っておこうとおもう。いつでも望むときに、このじめじめした薄暗がりのなかへ足音を忍ばせて降りてきて、指先をのばせばいいように。
 するとそこに、何列も何列も、朝に開いた花がそっときらめき、わずかに積もった埃の幕を通してこの六月の太陽の光が輝く、たんぽぽのお酒が並んでいることだ。それを透かして冬の日をじっと凝視してみるといい――雪はとけて草が現われ、樹々には、鳥や、葉や、花が戻ってきて、大陸いっぱいの蝶々のように、風にそよぐのだ。またそれを透かして見れば、鉄色の空が青く変わるのがわかるだろう。
 夏を手に持って、夏をグラスに注ぐ――もちろんそれは小さなグラスで、子供たちはほんのちょっぴりからだのほてるやつを一口するだけでいい。グラスを唇にもっていき、それを傾けて夏を飲みほして、血管のなかの季節を変えるのだ。

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