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2015年7月12日 (日)

「普通の人々」~普通の石ころ by葛西佐紀

雨の日、私はいつも思い出すことがある。


子供の頃の私は長靴をはいて、傘差して、雨に洗われた綺麗な石を探すのが大好きだった。

家の前の砂利道をジャリジャリと音をたてながら、目を皿にして探すのだ、石ころを。
薄茶に黒の筋が入ったのや、真っ白のや、クリーム色のや、灰色に白い筋のや・・・

ピカピカとキラキラと輝いていて・・・・・・それはそれは美しい!!

なかでもミドリ色のは中々珍しく、もっと見つけられないのが青い石ころだった。
それを見つけたときは、もうもう嬉しくて、これはまさしく魔法の石だと思ったものだ。

(どんな魔法かわからないが)

家に帰って卓袱台に並べ、その収穫に満足してお母さんに報告するのだが、
しばらくするとその石ころたちは埃を被ったように色褪せてしまう。
するとお母さんがガラス瓶に水を入れ持ってきてその中に石を入れてくれる・・・・・・

雨の日はそんなことを思い出して少し切なくなるのである。



「水を得た魚」ではないが、何の変哲もない、普通の石ころが、水を得て本来の姿を現した時、

その普通の石ころたちのなんと美しいことか!!


そして今
青い鳥という透明な水の中で、「普通の人々」は、そして普通の人々である私たちは
「水を得た石ころ」のように、その時、美しく輝きたい!と、瑞々しく在りたい!と、
稽古に励んでおりますっ!です。



梅雨も、もうじきに明けます。

ギラギラの夏、楽しみにしています、皆様と会えることを!!!

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コメント

青や緑色の小石もあるんですね!お母さんとの思い出が切ないです。
私もよくポッケに石ころが入ってました。石蹴りしながら帰ったり、川で飛ばしたり…
石ころは子どもにとって特別なモノだったんですね。

私は先生のお話しが大好きです

こどもの私が子どもの先生に話しかけることは
きっと出来なかったろうけど
今の私は今の先生に話しかけることが出来ます
先生に出会えたことがうれしいです

子供の頃の葛西先生のように、
ウキウキしながら、ドキドキしながら、そしてキラキラ、ワクワクの気持ちを抱いて、
「普通の人々」を感じたいと思います。
私の予定はたった1日。
体調を崩さないよう、今から用心していまず(笑)

するとお母さんがガラス瓶に水を入れ持ってきてその中に石を入れてくれる・・・・・・
ああ、青い鳥の芝居の情景そのものではないですか・・・・

私は小さい頃、夏の夕方に打ち水をする母親のそばで道の砂利を食べていました。

今から思うと不思議なのですが、母はしかりもせず「そのうちお腹にたまるよ」と笑って言ってました。

あの泰然とした態度はなんだったんだろう。

砂利はお腹にたまることなく健康に生きています。

私も雨の日に長靴はいて、ピカピカの石ころをさがして見たくなりました(^-^)

石ころもうれしかっただろうなあ。って思います。

ギラギラの夏、きらきら、懸命に生きる青い鳥の“普通の人々”に会いに行きます。

\(^o^)/

昔は、アスファルトなんか無くて、路地にも小さなきれいな石がありました…雨できれいに光ったんですね♪

そうか…。

潤いのない気持ちってパサパサになりますものね。

ゆとりがないと、瑞々しくできないですものね。


今まで以上に気をつけようと想いました。

ギラギラの夏、
会いにいきます。

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