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2013年1月17日 (木)

「楽園の楽屋」・・・父の死 by 長井八美

「楽園の楽屋」は久しく思い出すことのなかった父の死を蘇らせてくれた。

父が他界したのは、1990年11月 「さらば夏の思い出」 本多劇場での公演の直前だった。

その慌ただしい日々が過ぎ、少し心が落ち着きを取り戻した1週間後が公演のゲネプロだった。ご存知の方もいると思うが、一人の少女が失くした宿題を探しに森へ入っていく場面がある。

その時に流れる曲がクラウス・ノミの「THE COLD SONG」だ。私が劇場に着いて、劇場の扉を開けたときにこの曲がちょうど流れてきた。私は自分が黄泉の世界にまぎれこんだかのような錯覚を感じた。クラウス・ノミの声はこの世のものではなく聞こえたのだ。そして、次の瞬間、父がゆっくりと森の中に吸い込まれていくのを感じた。

劇団青い鳥の作品で「死」を強く感じたのは、「さらば夏の思い出」からだったような気がする。

父の死後、多くの大切な人たちを亡くした。父が私に最後に伝えたのは、これから来るであろう大切な人たちとの「別れ」と、私が向かいあわざるをえないということだったのだろう。

劇団青い鳥の作品には、「死」をテーマにしたものが多い。

「楽園の楽屋」もそうだ。でも、この作品は今までの「死」とは違うような気がする。最後の場面で、老人になった天光眞弓と葛西佐紀が語る台詞に驚いた。それは、死に行く人の言葉だからだ。私は長い間この言葉を待っていたような気がした。

大切な人を失った無念さはこの世のものであるが、死に行く人たちも、私が亡くした人を大切に思っていたように、私を大切に思ってくれていたのだということがわかったような気がして、心が癒された。

この作品の生みの親である芹川藍には、何が見えたのだろうかと・・・

まだ、ご覧になっていない方もいるのでこのあたりにして、後は見てのお楽しみだ。

私自身も大阪で再びこの作品に出会えることが楽しみでならない。

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コメント

痩せた父親の写真メールがやってきた。。。切ないです。

誰もが誰かに想いを馳せることが、できてしまう作品なのだと私は思います。


そこまで一人で育ったような顔つきの若者でも、自分を棚に上げて、子どもに誰に似たのかしらと憤っている親にも、いつの間にか、お互いに『愛情』を感じる作品でした。

見終わったときに後に残ったものが、具体的な、もの、ではなく自分の愚かしさや浅ましさや根本的な深い感情でした。

大阪のみなさん、

今一度、まだチケットをお持ちでないかたを、お誘いになって見られたらいいと思います。

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