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2012年10月21日 (日)

「楽園の楽屋」~舞台袖に潜むもの by葛西佐紀

開演10分前、私たちはそれぞれの出である舞台袖に立つ。

そこは青白い足元明りだけの薄暗闇である。
客入れの音楽と、観客のざわめきがその場所の静寂をいっそう際立たせる。

隣にいる役者の心臓の音が聞こえそうな、ひたすら静かで、凛としたその場所で、
私たちは、観客とそして劇場と心を一つにそれぞれの方法で集中していく。


長井は楽屋を「舞台という異空間への禊の場所」といった。
ならば
楽屋と舞台を繋ぐその場所は、その禊を終えた者が立つことができる場所なのだ。

そしてその場所は言ってみれば、旅立つ船のタラップの、最後の一段。
私たちは、何かを振り切るようにしてその一歩を踏み出す。

舞台袖にライトはあたらない。
役者を舞台に送り出したあと、その薄暗闇の中に立ち続けるものがいる。
ひっそりと、注意深く、見守り続けるものが。

天光のブログに出てきた「初日おめでとうございます」の舞台監督K氏。
彼の視線は柔らかで、やさしかった。そして頼もしかった。

最近K氏は舞台監督として関わることはない。
けれど彼に替わって、今舞台袖に立つものがいる。
演出助手渡辺なほみその人である。

彼女の視線もまた、力強く頼もしい。
この大丈夫、という安心感は私たち役者にとって、何にもまして得がたいのである。

私は今更にして思う。
舞台袖という場所は、いってみれば彼の、彼女の愛が潜む場所なのだと。

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コメント

制作現場、楽屋、舞台袖をタッタカ往復する姿を「弥七が走っている」と言われる。


「無駄な動きが多い」と言われる。


「センターマークを後ろに場ミッタ」話しは死ぬまで言われるだろう。


今回はまた何を言われるんだろう。
いや、言わせてしまうんだろ…。

愛が潜む場所…詩人ですね。

その…渡辺さんの愛にはじめて触れたのは
「桂木先生砂漠で踊る 実験」の時でした。
愛があふれるあまりの舞台袖での行動は
カッコよさを通り越して、笑いのツボになることもありました。

楽園でまたきっとネタが増えることでしょう。
見逃しませんよ〜

神聖な美しいものを感じました。
舞台でいつも、大きな瞳はキラキラ輝き、
その目に吸い込まれてしまそうでした。
楽屋・・舞台袖・・舞台・・そして、普段の優しい微笑の葛西先生。
同じ人が、変わってゆくのでしょうか・・・。

「舞台袖」 

しーんと黒光りする、鳥居のように思えてきました。
「舞台」には、新人も素人も関係ないのですね。鳥居をくぐったら舞台の神様がいる世界。


佐紀さんの文章を拝読していまして、背中がゾクッと、ゾクゾクとしてきました。

「舞台袖という場所は、いってみれば彼の、彼女の愛が潜む場所」
佐紀さんの文章はいつ読んでもかっこいいなあ、と思います。

ASOBO塾の本番中、舞台袖で佐紀さんが私たちを見守る視線を思い出しました。
それは紛れもない愛でした。

楽園の楽屋、楽しみになってきました!
私はアフタートークの回には行かないのですが、質問です。

こんな自分が大好き!な所を教えて下さい。

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