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2012年5月

2012年5月30日 (水)

『楽園の楽屋』〜良い子は真似しないでください〜by天光眞弓

旗揚げ公演から1年後、劇団青い鳥は2回目の公演に挑みました。
小さなアパートの部屋のお話でした。
リアルなアパートの、安っぽい壁紙の張ってある壁が欲しい。
いかにも舞台装置!っていう書き割りみたいなのが面白そう!
そして、私たちには舞台装置にお金をかける余裕はない!dollar

旗揚げ公演のタイトルは「美しい雲のある幕の前」だった。
小さな劇場を下見に行ったら奇跡的に壁が真っ青!
そこで壁に雲を貼付けた〜ただの綿だったんですけど〜それが装置の全てだった…
っていうくらいにお金をかけられない私たち。

さて、2回目の公演にはどんな奇跡が起こるのか〜!?
周りを見渡してみると・・・大発見〜〜〜〜!
壁が!いかにも安っぽい壁紙の壁が!あったのだ!

それは稽古場の壁。bleah
ふる〜い米軍ハウスのキッチンとリビングルームを仕切る壁。
ペラペラのベニヤ板に壁紙が張ってある。中に何枚かの板を挟んだ、それでも一応仕切りになっている、家の一部だった。
いくらボロ家でも、はがしちゃうっていうのは、そりゃあ、ちょっと乱暴すぎないか〜!?coldsweats01
いくらボロ家でも返す時には、元のままにして返さないといけないよね〜!?coldsweats02

でもでも、その頃の私たちにとっては、この稽古場を去っていくことなんて想像だに及ばない未来のこと。
これ以上ない舞台装置の材料が、ただで!こんなところに〜、今、目の前にある〜!
奇跡だ〜!運命だ〜!
慎重に、おそるおそる、丁寧に…はがされた壁…
ペラペラの安っぽい壁は壁紙ごと、立派に舞台装置の役目を果たしてくれて…
そして、その公演後、キッチンと稽古場の仕切りに復活させることなく…その方が稽古場を広く使えることを発見!
キッチンスペースから稽古場を仕切りの壁なしに〜〜〜芯になっている板は何枚か残したままだったので、
板越しに稽古を覗き見る、見られるって感じになったけど。

その稽古場引っ越し、という想像しなかった未来が結構早くやってきてしまった。
か、か、壁はいったい、どうすればいいか!?

実際のところ、ケナゲにも現状復帰させたのか、大胆にもそのままにしたのか、はめ込もうとしたけど、元のようにキッチリならなかったのか…
長い年月とともに、記憶もすっかり遥か彼方へ…

築何十年だったし、とっくに解体されてるに違いない。
私たちがひっぱがした壁も、他の壁やら屋根やらと一緒クタに崩れ落ちていったのだろうな。
私たちとっては今に繋がる大事な、ありがたい年月を支えてくれた、倒れそうなペラペラの壁と床と屋根の米軍ハウスの稽古場。

私たちが引っ越した後、大家さんから文句が来ることもなく、平穏に過ぎたところを見ると、壁は問題になることもなかったみたい。
世が世なら、器物損壊、契約違反とか言われて「これだから芝居なんかやってる売れない役者たちに貸すもんじゃない」と”役者”の評判を落としてたかもしれません。

世間の良い子の役者の皆さん!決して真似してはいけませんよ。shock


天光眞弓ぃダス

2012年5月27日 (日)

『楽園の楽屋』~もう、ダメかもしれないby芹川藍

だから……それは19日の『楽園の楽屋』の宣伝撮影の日。
だから……私は写真は、嫌いなのであります。
だから……神経性の私です、運動会嫌いの子どもが朝、熱を出すように。遠足嫌いの子どもが朝、お腹をこわすように……。


池袋のスタジオに向かう電車の中。
おなかが……グジグジシクシク……
「すみません、待ち合わせにちょっと遅れるかもしれません」
メール打った途端、“あっ!もうダメだ”走る……走る新宿をよろよろはしる!
ト・ト・トイレ見つからないよ~っ!

あったぁ!並んでる、
どうしましょう……
いったん並んだが……、(知ってる人は、知っているあのリボンつけたトイレ待ち踊りのように)
踊ってる場合でもないし……並んでる割り込みも出来ないし。
あ~っ!もうダメだ。
どうしょう……。

撮影に間に合わないし。絶対絶命にお腹は、間に合わないし。

あ~待ってるより、山手線に乗った方がいいかも……。

新大久保……通過。高田馬場……脂汗……もうダメだ。


撮影なのに……大人なのに……漏らすわけにはいかねぇ~~~~~。

ヒェ~っ!
高田馬場で降りる。
走るはしる……はしれない~~~~っ!
アヒルのように、はしる……。

知ってました?

高田馬場は、一番前の改札の近くにあるんだよ~~~~~っ!

なのに……一番後ろの車両に乗ってたんですわ。

あ~あ~っ!

ト・ト・ト・トイレ~っ!
あったあった!
光輝くようにあったトイレット様。

扉を開く、やっとセーフ!



。。。。。。。
あ~こんな幸せはない。。
ほっ!良かった。

「すみません!完全に遅刻でした」


そんなこんなで撮影した『楽園の楽屋』の宣伝用の写真です。
みなさん!そんな必死の写真を見てやって下さい。

[藍]

2012年5月26日 (土)

ワルの青い鳥 by 長井八美

ある日曜日の夜8時

突然自宅の電話がなった

ただでさえ、自宅の電話などあまりならないのに・・・

悪い予感がしながらも受話器をとると

「おれだけど、この前届いた○○生命のパンフレットある?」ときた

若い男の声だ

これがウワサの! とうとう、うちにもかかって来た!

どうして電話番号がわかったのだろう頭がグルグルした

そこで思い出したのが

青い鳥が狛江の公民館でやった実験的オムニバス?

その中の作品の1つで「おれおれ詐欺の事務所」があった

つまり、あちら側の様子が演じられる

これが忘れられない

天光さんは特に印象的で

眉毛がない天光さんはいかにも怖かった!!

青い鳥のワルぶりもなかなかのものだった

アンコール!!なんちゃって・・・

2012年5月24日 (木)

『楽園の楽屋』~出会いby演出助手・渡辺

私が初めて劇団青い鳥を観たのは、1993年近鉄アート館で上演された『今日はニャンの日!?』だった。
 
それはその舞台上に突如現れた。
チャリンコにまたがり、大声で歌い、「こんにちは、アカシマ、です。」
 
その恐るべきハイテンション、縦横無尽、傍若無人なアカシマさんに私は
「無理!ワタシこの人とトモダチになるのは絶対ムリ!」と思った。
 
 
それから数年後、『実験』という芝居のお手伝いをした。
東京も芝居も舞台も、よくわからないままにだ。
 
 
そんな私に「小道具のことは全部役者さんに伝えるのよ」とか「大変だね」と
低い声でおだやかに声をかけてくださったのが葛西さんだった。
東京砂漠でのオアシスのようだった。
 
『実験』の千秋楽、打ち上げ会場への道中、葛西さんと話していた。
「そう、『今日はニャンの日!?』観たの。私、アカシマさんやってたんだよ」


「!!!!!!」

Nyann1
左が伊沢磨紀さん、真ん中が芹川藍さん、そして右がアカシマさん。
葛西佐紀さんです。。。
 
 
舞台上と舞台裏のナイアガラの滝のような落差。
役者さんというのはこういう“生き物”なのか。。。
 
そう思った最初の方でした。

Nyann2_2
稽古場で両肘をついてポワ~ンとしている葛西さん。
ベランダでひとり煙草をくゆらせる葛西さん。
みんなを見ながらクスクス笑っている葛西さん。
 
 
 
『楽園の楽屋』では、どんな葛西さんが観られるのだろう。
その落差が今から楽しみなのである。

2012年5月23日 (水)

ボッコリさんの日蝕 by 長井八美

もはや日蝕など遠い昔の話になったようだが
忘れられない日蝕の話を一つ
青い鳥の名場面からです

「ゆでたまご」のボッコリさんたちが日蝕を見る場面だ
その場面が初めて登場したのは
1987年の11月東宝撮影所のスタジオだ

ほこりだらけのスタジオに映画の撮影で使用されていた
木のやぐらを組んだ大きな舞台装置
そこにボッコリさんたちが並んで日蝕をみた

光に向かって小さな黒い下敷きをかかげ
その光をみる
やがて日蝕がボッコリさんたちを包む
美しくて不思議なシーンだった

ヤッコリ
「黒い月の影から太陽が出て来る時
大きな宝石のついた指輪が天にかかるんだリン。
その瞬間が一番好きだって父ちゃんが言ってたリン・・・」

貧乏だったヤッコリと父ちゃんとの思い出が日蝕に重なる・・・
(作:市堂令「ゆでたまご」より)

Photo

2012年5月22日 (火)

金環日食 by近内仁子

青い鳥クイズ盛り上がってますねhappy02

目覚ましと格闘して、やっとこ起きして撮った金環日食sunNec_1181_4

2012年5月21日 (月)

「楽園の楽屋」~ドンブリ勘定 by葛西佐紀

そうじゃった、そうじゃった、あの頃、稽古場は、ジージーしておった。

しかしである、目に見えて、あからさまに「G」なるものはいいのだけど、
そうではないものはいかにするか?

たとえば・・・「G」付に格上げするには、使用頻度が少ないもの

稽古場には芹川さん、天光さんが共同生活をしていたのだけど、
時々、通いの私たちがお風呂に入ってシャンプーを使った場合とか、

たとえば・・・あっという間に終わって、「G」と書けないもの

誰かが大量に作りすぎた筑前煮を稽古場に持ってきて皆で食べるとする。
作った本人も食べてもらっているという感覚だし、それに3本100円の人参を一本、
2本198円のごぼう一本半、こんにゃくは?大根は??鶏肉は???
あぁぁぁぁ~面倒くせい!!!!という場合とか、

私達は、平気の平左で使ったり食べたりできるほど面の皮厚くないし、
心臓に毛も生えてないし、鉄の胃壁を持ち合わせてもないし、
有難さが身に沁みたりするしで・・・

そういう時「G」にかわって登場したのが台所の脇の棚にそっと置かれている
「まごころ代」と書かれたビン。

ドンブリ勘定の「まごころ代」ではあるが、いやドンブリ勘定であるが故か、
チャリンチャリンとけっこう溜まるんだな、これが!

50円の真心も100円の真心もひとつのビンの中におさまって、
青い鳥の「まごころ代」になるわけで、いろいろに役立ちました。

合宿の食費の足しに、お花見の酒代の足しに、お誕生会のご馳走の足しに、
稽古場でやった発表会の打ち上げらしきものの足しに・・・

うれしや、たのしや、ありがたや!!の「まごころ代」じゃったってお話さ。

そうだ、ここで私も唐突に問題だしまーーす。


第一回発表会の中であるものを題材に寸劇をしたのですが、次のうちどれでしょう。
①「ガラスの仮面」 ②「遠山の金さん」③「ベルサイユのばら」④「浦島太郎」

正解の5人様には今日の金冠日蝕にちなんだプレゼントを差し上げまーーす。

2012年5月18日 (金)

『楽園の楽屋』~Gのマーク~by天光眞弓

稽古場でのお昼ご飯。
素麺の他にも野菜いっぱいのインスタントラーメン、パンにうどん。
今みたいにコンビニもない、お弁当屋もない時代。
たいていケナゲに自作でした。
キッチンの冷蔵庫にはデカいマーガリン、マヨネーズ、醤油~
一人一人が買うと 人数分が並んでしまうので、共同で買ってました。

誰かが誰かよりお醤油ジャブジャブかけたり、誰か一人だけマーガリン分厚~く山盛りに乗っけたりしても文句は言われない。

そうしてみんなで買ったものには何でも、時にはさりげなく、時には恭しく¨G¨のひと文字が!
Gマヨネーズ、Gマーガリン、G砂糖、G塩、G醤油

その頃、稽古場に居候していた、後の某心理学者さんが言った。
「この冷蔵庫にあるものには何でもGが書いてある。もしかしたら、キャベツなんか葉っぱを一枚一枚剥いでいったら、最後に¨G¨って書いてあるような気がする~、コワいよ~」

私たちには、みんなで使える、ちょっとニッコリ安心の
¨G¨だったのですが~

Gって、何のことかっていうと~~

やっぱりクイズにしちゃいます!

Gのマークの意味は次のうち、どれでしょう?

①Good
②Group
③Gift
④Get!
⑤Gekidan

正解の方には~
ささやかな~ささやかなお楽しみなプレゼントを!

天光眞弓ぃ~

2012年5月15日 (火)

『楽園の楽屋』~飽きるほど毎日……by芹川藍

素麺が美味しい季節になりました。

素麺といえば、冷やし素麺で食べることが当たり前だった子どもの頃。

あの淡白さのどこがうまいかわからず

「またぁ~そうめん」……
ワタシャ嫌いでした。

水の張った大きな器。
白い素麺の中に時々隠れてる、玉子色と抹茶色とデンプ色の麺。

サザエさんちのわかめちゃんとカツオくんのように、早食い競争しながら色のついた綺麗な麺を妹と必死に取り合った。嫌いだからの競争素麺。

「よーいドン」

私が勝って口にした黄色と緑色とピンク色の麺は、白い麺より美味しい味がした……した気がした。

そんな私に、青い鳥は、素麺でいろんな料理が作れることを教えてくれた。

立川の米軍ハウスに稽古場を持った頃の青い鳥は、田舎から送ってもらったお中元の素麺がいつもお昼の定番だった。

飽きるほど毎日素麺だった!……が、これが飽きないのだ。
天光さん葛西さんが作ってくれた、炒め野菜と一緒のつけ麺、お野菜たっぷりのにゅうめん、味噌味、醤油味、ビーフン風炒め素麺、焼きそば風……。

そこには稽古場の庭から収穫してきた草も彩りを添える(ノビル、タンポポ、セリかなぁ………)

満腹で昼からの稽古がいつも眠くなってた……。


そんな訳で、私は今では素麺を大好きになりましたとさ。

【藍】


ここで問題です。
この頃、お昼の定番にキャベツの千切りがありました。
どんぶりに山のように盛ることを、「私、馬なみにちょうだい」でした。さて茶碗位に盛ることをなんと言ってたでしょう(当たった方にはささやかなプレゼントを5名の方に差し上げます。)
①うさぎ②りす③チワワ④ひよこ⑤やぎ

2012年5月12日 (土)

「楽園の楽屋」~工場見学 by演出助手・渡辺

最近、流行っているものに工場見学がある。
これは商品ができるまでのウラを見るものだ。
 
あの商品が!
へぇ~、こんななって、あんななって最後にこうなるのねぇ~。
 

人は見えない部分、見られない部分にキョーミがあるのだ。
 
 
「楽屋」とはウラである。
 
オモテが舞台。
楽屋はお客様には決して見せないウラの顔。
 
 
楽屋では、それはそれはオモシロイ光景が繰り広げられる。
3人いれば3人の、10人にいれば10人の個性が輝きを放っている。
時としてオモテの舞台以上にドラマチックなこともある。
お客様には絶対秘密にしておきたいこともある。
 
 
それを舞台にするという。
すごい度胸だ。
 
 
もしかして、天光さんのあんなトコも出てくるの?

T2_2 
 

ひょっとして、葛西さんのアレも明かすの?

K2

 
まさか…、芹川さんの…。

S3
 
台本はまだできていない。
 

いったい、どんなウラがオモテとなって登場するのだろう。
演出助手の私でさえ興味津々である。 
 
 
青い鳥の工場見学へようこそ、なのである。
 

2012年5月 9日 (水)

「楽園の楽屋」~神様つながり by葛西佐紀

神様つながりなんですが・・・

子供の頃、葛西家には貧乏神が居候しておりましたんです。
『ゆでたまご』という芝居の“ボッコリ達の遠足”で
「ノートを消してまた使うぅ~」「給食費払えないぃ~」の台詞は
実は、実話だったんですね。

とはいえ、あの頃は多かれ少なれそんな子供はけっこういたんですね。
でも、どっかあっけらかんとしてて、明るく、元気に貧乏してましたんです。
「ビンボー、ビンボー、ビンボー・ダナオ~!」って掛け声をかけながら、
学校から帰ったりして・・・

(あっ、知らない方のために・・・ビンボー・ダナオいうのは人の名前で、女優淡路恵子の最初の旦那さんで外国人の歌手です。)

で、ある時お母さんが「貧乏神だって神様なんだよ」って。

私はなんか神々しいような、上を見上げたくなるような気分になって・・・
「へぇ~ビンボウガミって神様なんだぁ~、貧乏神様なんだぁ」って、

そういえば、貧乏神様のお陰で葛西家の回りには、たくさんの福の神がいたなぁ~
病気のとき、「今度でいいよ」っていつもただで診てくれたハタノ先生・・・
「余りものだから」ってよく魚をおいていってくれた、片腕の行商のお兄ん・・・
「おまけだよ」って言って一本余分にくれた黒い帽子のエルビーのおばさん・・・

・・・うれしかったなぁ・・・

そう、貧乏神様もまんざら捨てたもんじゃなかったってお話さ。

余談になりますが

葛西家では柳鰈の干物のことを、“ちょっぴりざかな”と呼んでいました。
何故かというと、家族で一枚の干物ですからして、
お母さんが身をほぐして、箸でつまんで、お醤油をちょんとつけて、
「はい、ちょっぴりね」と言って、ご飯の上にのっけてくれるんです。
それを食べるとまた「ちょっぴりね」って、食べるとまた「ちょっぴりね」・・・
だから“ちょっぴりざかな”

なんだか無性に面白くって・・・うれしかったなぁ・・・

たしかに、あの時、お母さんは、福の神様だったなぁ。

2012年5月 6日 (日)

「楽園の楽屋」〜な、な、なんちゃって? by 天光眞弓

な?な、な、な?
ん?なんちゃって~?
か、か、カミサマぁぁぁ?
な、な、なに?
だ、だ、だ、れ~それ?

そのカミサマのせいで、身の回りのモノが消える?
神隠し〜?
それで、私がとっても仲良くしているって〜?
そおなのか〜

確かに私の周りのいろんなモノが消えてフシギな国に行ってしまうことはよくあるのだけど~

え!
それが、なんちゃって、とかいうカミサマlの仕業だってこと?
あららら、
そうだったの?!
あら、やだぁ!
こんなに私の覚えがないのも、そのなんちゃって、だかのせいだわ、きっと!

でも、だから、
カミサマの仕業なら仕方ないわね~私みたいな人間がジタバタしてもね~

なんちゃってね!

思いまするに〜〜〜
手にいっぱいいろんなモノを持っていると、頭が、脳みそが混乱するんでないでしょうか。
「私はバッグと紙袋と傘を持っているぞ、持っているぞ」
「リュックとキャリーバッグとお土産の袋と…」
つぶやきながら電車やバスを乗り換えるのが私の日常でございます。

実は楽屋というのがまた、日常以上にモノが消えやすいフシギスポットでもあるのでございます。
手に余るモノ
〜小道具や衣装
〜そして重なるいろんな気持ち
何十年やってきたというのに
「ああ、またこんな時間がやってきてしまった〜」
「ああ、なんで私、ここにいるの?客席じゃなくて、ここ?」
「ああ、ここはどこ?」「私はいったい、な、な、ナニモノ〜」

本番を迎える度に毎回、往生際悪く、こんなことまで抱えているものだから。

モノも思いも、不安も期待もシンプルに。
脳みその処理能力を超えないで持てるようにしたら、なんちゃってのカミサマに登場してもらわなくても
よくなるのかもしれない。
なぁんちゃって、こんな簡単に希望、持てるものかしら〜〜〜〜っと。


天光眞弓

2012年5月 3日 (木)

「楽園の楽屋」~暗い気持ちがぶっ飛んだby芹川藍

久しぶりに実家に帰った。

父がペースメーカーの手術で入院したから……。

20日間で退院。大喜びもつかの間、二日間で熱を出し、また入院。

95歳の母と91歳の父。

不穏、幻覚、徘徊…
24時間の見守りが必要な母だから、介護の専門家に預けるのが一番安心できる。

病んだ父母。
小さき父母。
心細げな父母。

深夜に米を4合も研ごうとする母。

帰郷する子どものためにビールを買う父。
帰る娘にとお金の入っていない財布を開ける母。

切ない……悲しく……淋しい……腹立たしい。

置いてきぼりされた淋しそうな母の顔と。

心細い父の顔を残してまた東京。。。。。。。。。。。。。。


次の日、重い足でA・SO・BO塾に向かった。
ソルマックとアリナミンを買い、なにがなんでも、明るい元気な塾長として、今日の講座はやらなければならない。

暗い顔で扉を開けた。

びっくりした。
いやぁ~びっくりした。 

 
「キャア~芹川さ~ん!カワイイ~」

なんだなんだこのテンションは?

「私たちの練習の成果みてくださ~い!」

デッキから流れ出したのはAKB48の『会いたかった』

笑顔満開、一生懸命の踊り。
平均年齢55歳過ぎの笑顔。



ぶっ飛んだ。

そのエネルギーに引きずっていた暗い気持ちがぶっ飛んだ。
ただ今、この瞬間に生きている。


ありがとう!
今日、会えて良かった!

無情にも……ありがたくも……今日……生きています。

あ・い・た・か・っ・た


4/27の神隠しの「なんちゃって神様」と仲良しさんの答え~天光眞弓でした。

かめちゃんとユミムラさんにはささやかなプレゼントを差し上げますね。

2012年5月 2日 (水)

韓舞「望恨歌」に思う by 長井八美

新作能「望恨歌」を韓国伝舞踊で金利恵さんが舞った。
音楽は日本の小鼓、韓国のテグム(横笛)謡そしてストーリーを説明する朗読。
免疫学者の故多田道雄氏の作品で、物語は夫が強制連行で北九州の炭坑に連れて行かれ、
そのまま戻ることのない夫を待ち続けた韓国の寒村の老婆の話だ。

「恨」という言葉について金利恵さんと話した。
日本語では「恨」は「恨む」で、他人に対しての感情を言うが、
「恨」は成し遂げられない強い思いのことを言うそうだ。
それは、他人への恨みではなく、自分自身への嘆き、悔しさ、さらに憧れ、希いにも通じるそうだ。
例えば、
子どもが動物園にすごく行きたくて、それが叶ったときに「恨を解いた」というそうで、
とても、日常的に使われるそうだ。
「恨」という言葉は韓国の国民性をとても現しているそう。

「強い思い」とは何か?
改めて考えさせられた。

今回の作品の最後の場面で、老婆は「砧」を叩いた。
「砧」とは、選択した衣や布を台の上で皺を伸ばすための叩く作業や道具のことを指すが
韓国では、女たちは昔から恨み、つらみ、悲しみ、怒りを砧を打って発散させたそうだ。
能の舞台では、作り物のとして「砧」を出し、老婆はそれを扇で叩く仕草をしたそうだが、
金利恵さんは本当にすさまじく叩いた。

在日韓国人の2世として東京に生まれ、25歳で韓国に戻り、結婚し子育てをした。
「私のいろいろなこととこの老婆が重なる」に彼女の歴史を垣間見た。

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