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2011年3月22日 (火)

「私の願い、お節介」〜天光眞弓

地震の当日は私、帰宅困難者になったけど、その後はのんきにテレビで見ているだけの傍観者だ〜

やっと会えた母親と娘が、妻と夫が抱き合っている。泣いている。
私、日本人がこんなに開けっぴろげに抱き合って、涙を見せて、再会できたことを喜んでいるのをあまり見たことがなかった気がする。

今までもいろんな事情で、大変な状況を乗り越えてやっと会えた人たちの姿を映像で見てきた。
ああ、もう少し、近づけばいいのに〜。手、握るかなんかしないの〜
心の中ではいっぱいいっぱい喜んでいるのだろうけど、目を見つめ合うだけで分かり合う二人の絆〜〜〜?をもどかしく感じたことがあった〜〜〜勝手なお節介なんだけど。

でも、今回は違う。
避難所になっている学校の体育館で、病院の廊下で〜〜〜
会えると信じていても、半分はあきらめなきゃいけないかも〜と重い気持ちを抱えて地震以来過ごしてきた人たち。
夫が妻と会えた瞬間、涙、こらえきれなくなる。
叔母さんと姪ごさんが、大きく手を広げて抱き合う。
母と娘が、父と息子が・・・
胸の奥に秘めるには、あまりにも気持ちがあふれるからですね。

こんな遠くにいる私たちにも嗚咽の心が伝わります。

被災地の人たちが泣いている。
変な言い方だけど、私、ちょっとよかった、と思う。
もっと近い言葉があるのかもしれないけど〜

もっと泣きたいのかもしれない。
泣き始めると、とめどなく泣けて、底なしの悲しさ、苦しさに沈んでしまいそうになるのかもしれない。
涙の熱さに、もっと辛いものがやってくるかもって感じているのかもしれない。
だから無意識に我慢しているのかもしれない。

どうか、どうか、安心して?〜これもヘンな言い方だけど〜泣ける時が来ますように。
いつか、いつか笑える時が来ますように。

どうか、今は自分のこと、身体も心もかわいがって大切にして、いたわってあげてほしい。

勝手な想像力、お節介ですが、私のささやかな願い、私のひそかな祈りです。

天光眞弓

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コメント

“無意識に我慢しているのかもしれない”

辛い時、悲しい時
安心して自分の気持ち(こころ)を出せる(解放できる)人や場所があればいいのですが
ない場合はなかなか
自分の気持ちを解放することができません。
自分自身もどうなってしまうかわからない(自分自身を受け入れられなかもしれない)状況で
“解放する”と言うことは本人も勇気がいることですが
また受け止める側にも覚悟と責任がいることだと思います。

けれど人間は弱い生き物だから
お互い支え合って生きて行くのだと思います。

被災されている方々
特に子供達が心配です。
こころに傷を受けた
子供達が安心して自分を出せる人や場所に出会えますように・・・

私の仕事は高齢者の相談で頑張っている家族に

頑張ってください


は時に苦しい思いをさせてしまう事があります。


こんなに頑張っているのにどこまで頑張れというのですか!?と。


辛いなら辛いと吐き出していいです。悲しい時は悲しいと叫んでいいのです。泣きたい時は泣いていいのです。

私達が一緒に支えます。一緒に考えます。


そんなことしか出来ませんがとても大事なこととおもいます。


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