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2011年3月

2011年3月30日 (水)

「あぁ、そうか」近内 仁子

今まで日本は、「世界に嫌われないように」とビクビクしながら、とにかくたくさんのお金を世界に支援してきたようにみえた。

でも、この震災で驚くほどの世界からのエールが届いた。

「今度は日本を助ける番」「私は君たちと共にいる」

日本は嫌われてなかった。日本は本当は愛されてた・・・と、何故か涙が止まりませんでした。

理性と和をもって乗り越えようとする被災地の方々、原発の現場に挑む方々、誇らしく思えて・・・やはり、涙が止まりませんでした。

なんで、こんなに涙が出るのだろうと・・・考えた。

ああ、そうか

「私はこんなに愛されていた」

「私は自分を誇らしく思う」

この2つを自分に言える事が、生まれてきた宿題のような気が、ふとしたのでした。

2011年3月29日 (火)

「遠いとこから」〜天光眞弓

私は今、地震、原発から遠い九州にいる。
空港、スーパー、デパート、コンビニ、駅構内、どこに行っても「東北の地震のため・・・・・・」
照明を暗くしたり、空調の温度が充分でないことをお断りする張り紙がある。
でも、ここでは何の不自由も感じない。

これまで、私たちは暗いより明るい方が気分いいし、水流しっぱなしで洗ってしまうし〜食べ物も飲み物もいっぱいいっぱいあった方が選べて豊かな気持ちになるし〜ってことに疑問を〜〜感じることもあったけど、やっぱり〜欲には逆らえなかったんだなと思う。

乱暴に言ってしまうと、そんな私たちの欲望に目をつけて、火をつけて・・・
商売が始まって〜〜世の中が発展するというのは、そういうことなんでしょうか〜

蓋が勝手に開け閉めする、立つと何もしないのに全てを洗い流してくれるトイレに初めて出会った時、個室の狭い空間で一人、興奮したような覚えがある。
今でも私はその手のテクには小さく「ぅゎぉ〜」って心の中で興奮を表現する。
そして、その興奮はちょっとだけ不吉なのであります。

あ、原発事故に胸が悪くなる毎日の思いを表現したかったのに、例えがあまりにも小さいかしらね〜
羽田空港の「レストルームチャンネル」〜〜〜!
トイレの個室に特別なプログラムを流すモニターがあったんです、発見したんです。
「地震のための節電」ってことで中止されていました。
滞在時間、長くたって5分から10分でしょう!
どんな映像が提供されていたかわからないけど〜〜〜いつかそれがあるのが当たり前になって、なくなったら、なんだかビンボーったらしいトイレねって感じてしまうのでしょうか?

ああ、いえ〜だから、私、そんな細か〜いことにこだわるつもりではないんです。
たとえが悪くてごめんなさい。

あまりにも自分がニューズの映像とかけ離れていて平穏な空間にいるのが、かえって違和感というか〜
で、わざわざじゃないけど、自分が歩いているこの町並みが、一瞬にしてガレキになったらとふと思ってしまった。想像してしまったら〜〜〜
なんか息苦しくなった。
感情、というものが出て来ない
ただ、自分がここに居る。あの人があそこに居る。それだけが確かな、わかることのような気がした。

被災地からこんな遠く、被災した人とも接していない私に、な〜にがわかるのか〜〜〜だから、せめて、あまりにも平穏なこの地の空気を存分に味わって、どれほどこれが有り難いことなのか、かみしめたい、のでした。

2011年3月28日 (月)

おりめサンの“バカもやすみやすみに言っちゃう!”

『あったかいもの』

受話器の向こうの彼女は、自宅での地震体験を興奮ぎみにまくし立てている。

私は古いタイプの漫才師のように「はぁ、はぁ、ほお、へぇ~」と
相づちをうつばかり。

それなのに私はずっとほほえんでいた。
私はあったかくなっていたのだ、心が。

私の安否を心配して電話をかけてきてくれた、このまくしたてる彼女に
私は心をあたたかくしてもらっていた。

「またなんか情報が入ったら、電話するね」

まるでどこかの諜報部員のように、さっさと電話が切れた。

私はまたほほえんでしまった。

890円の湯タンポにトポトポと熱湯をそそぎ、
それをグッと抱き、座イスにすわり、その上から毛布をかぶる。
私のひとりコタツです。
これがとてもとてもあったかい。

コンビニに入った。
あの地震の翌日だというのに、意外と変わった様子のない店内。
レジに支払いに向かう。

レジの店員さんは若い女性。

名札を見ると「り」と書いてある。
外国からわざわざ来て、この女の子はあの地震を体験したのだと思うと、
私は思わず話しかけていた。

「日本語うまいねぇ」

彼女は血色のいいまんまるの頬を持ちあげてニッコリ笑った。

「昨日の地震、怖かったでしょう?」 という私の問いかけに

「大丈夫、神様がついているから」 と彼女は天を指さした。

私は不意をつかれた。
そして思わずカウンター越しに彼女の頭をポンポンと触れて「良い子、良い子」をした。

彼女は少しおどろいた顔をして、まんまるの頬がますますピンク色になった。

帰り、ハテ、私の頭ポンポンという行動は彼女の国ではマナー違反なのだろうか…と
頭をよぎったが…しかたない。

私は多分、あの瞬間感動したのだ。
だから、しかたない。

2011年3月24日 (木)

復活、そして決行中?

恥ずかしいですが、この日本が大変な時に…
私は全く被害なしだったのに…
被災した方の映像を見てどうしたらいいか分からず、しかもいつ自分に降りかかるかと不安で…

空想被災者のようになってしまいました。

電気もガスも水道も正常なのに、正常なことに罪悪感が起こりイライラしたり。

たくさん食べ物があるのにスーパーの行列を見て飢餓感に襲われたり。

しかし、ともかく今は、とりあえず今は、大変な被災にあった方々よりまだ幸せな環境にいるのに「こうしてる場合じゃない!」と思い、復活しました。

(もちろん疑似被災で深刻な方にそんな事は思いません。心が癒されることをとっても願います)

そして今は「ヤシマ作戦」「ウエシマ作戦」決行中です。

そして「アスリートがやれることがある」「それぞれがやれることがある」といういろんな人の言葉に、何故か私が励まされ…(((^_^;)


「震災も原発のことも、これから先長い長い問題」
(いままでも、ずっと、そうだったんだなぁ〜)

ということをやっと感じて来て…

ともかく。
落ち着こうと。
思います。

このブログで無事だった方のコメントを見てとてもほっとしました。

東京も安心していられない場所ですが、ともかく落ち着いてみます。

2011年3月23日 (水)

「震災とともに…」近内仁子

私の実家は、栃木の宇都宮です。

震災以来、たびたび停電があったようです。

兄の住んでる地域は断水が長引き、最後はお風呂の水を沸かして飲んでいたそうです。

実家に電話した時、母に

「停電は大丈夫?」と聞いたら、母は

「爆弾が落ちてこないだけ、マシよ~」と笑っていました。

母は、戦中の空襲の事を思い出していたようです。

震災とともに、戦争の事も考えさせられました。

2011年3月22日 (火)

「私の願い、お節介」〜天光眞弓

地震の当日は私、帰宅困難者になったけど、その後はのんきにテレビで見ているだけの傍観者だ〜

やっと会えた母親と娘が、妻と夫が抱き合っている。泣いている。
私、日本人がこんなに開けっぴろげに抱き合って、涙を見せて、再会できたことを喜んでいるのをあまり見たことがなかった気がする。

今までもいろんな事情で、大変な状況を乗り越えてやっと会えた人たちの姿を映像で見てきた。
ああ、もう少し、近づけばいいのに〜。手、握るかなんかしないの〜
心の中ではいっぱいいっぱい喜んでいるのだろうけど、目を見つめ合うだけで分かり合う二人の絆〜〜〜?をもどかしく感じたことがあった〜〜〜勝手なお節介なんだけど。

でも、今回は違う。
避難所になっている学校の体育館で、病院の廊下で〜〜〜
会えると信じていても、半分はあきらめなきゃいけないかも〜と重い気持ちを抱えて地震以来過ごしてきた人たち。
夫が妻と会えた瞬間、涙、こらえきれなくなる。
叔母さんと姪ごさんが、大きく手を広げて抱き合う。
母と娘が、父と息子が・・・
胸の奥に秘めるには、あまりにも気持ちがあふれるからですね。

こんな遠くにいる私たちにも嗚咽の心が伝わります。

被災地の人たちが泣いている。
変な言い方だけど、私、ちょっとよかった、と思う。
もっと近い言葉があるのかもしれないけど〜

もっと泣きたいのかもしれない。
泣き始めると、とめどなく泣けて、底なしの悲しさ、苦しさに沈んでしまいそうになるのかもしれない。
涙の熱さに、もっと辛いものがやってくるかもって感じているのかもしれない。
だから無意識に我慢しているのかもしれない。

どうか、どうか、安心して?〜これもヘンな言い方だけど〜泣ける時が来ますように。
いつか、いつか笑える時が来ますように。

どうか、今は自分のこと、身体も心もかわいがって大切にして、いたわってあげてほしい。

勝手な想像力、お節介ですが、私のささやかな願い、私のひそかな祈りです。

天光眞弓

2011年3月19日 (土)

微かな力  葛西佐紀

一週間前の今日、
午前2時過ぎに日本橋から家に辿りついた。
テレビをつけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そして、朝になった。

地震直後、どうにか繋がった電話で事務所の渡辺さんから、青い鳥のみんなの無事を
聞いたのだが、都心で仕事があった天光さんが新宿に歩いて向かったとのことだったので
気になって携帯に電話をした。
彼女は事務所で一夜を明かしたとのことだった。
胸を撫で下ろす。

ブログを書こうとパソコンを開く・・・・・テレビでは津波の映像が流れている・・・・・

どんな言葉も、無事を祈る言葉の、励ましの言葉の、
どんな言葉のひとつも、打つことができなかった。
そこにあったものが一瞬に消え、
瓦礫の原と化した光景を前にしてどんな言葉も、もちえていなかった。

一週間後の今日

遥か、遥かな昔から歩き続けてきた人間の“微かな力”を信じます。
崩れ落ちそうな心で立ち続けてきた人間の“微かな力”を、
いろいろなものが、その形を変えながら在り続けてきた“微かな力”を信じます。

ありとあらゆるものの中に宿る“微かな力”のあることを。

2011年3月18日 (金)

『少年』

母親を探す少年を見た。

小学生三年生くらいだろうか。
祖父と叔母さんと一緒に泥沼だらけの街中を探していた。

父親はいないらしい。
なので母と二人家族なのだろう。

レポーターの問いかけにはにかんだように微笑でいた。


しばらくして母親のものらしい車を見つけた。
何台もの車と一緒に横転していた。

中に人がいる。

すぐにレポーターがレスキューを呼ぶ。

祖父や叔母の様子から
中にいるのが少年の母親なのは確実らしい。


「母さんじゃなかったとしても助けられたらいいね」

少年の精一杯の言葉だった。

レスキューによって助け出された遺体を前に、
祖父、叔母、レポーターが泣く中、
少年はただじっと前を見据えていた。


被災者の方々は現実の中で必死に戦われている。
いっぱいいっぱいに溢れる感情と必死に戦われている。


少年は最後の最後まで涙を見せなかった。


演出助手・渡辺

2011年3月16日 (水)

「今……」近内仁子

今、富士宮市震度6強の地震がありました。東海地域の方々、大丈夫ですか?

きのう、お昼ごはんを食べている時に友人からメールが届きました。

スペインのサッカーリーグのセビージャVSバルサの試合の横断幕の写真が添付されていました。

震災からなるべく落ち着いて過ごしていましたが、その時ごはんを食べながら、その写真を見ながら、涙が止まりませんでした。

いつだったか、芹川さんが「人は何かを食べると、気持ちが緩む」と言っていました。本当にその通りです。

ニュースやツイッターでご覧になった方も多いと思いますが、

そのスペインのサッカーの試合の横断幕です。

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2011年3月15日 (火)

「てんこうランドでちょっとひといき」〜天光眞弓

地震直後、都心を歩いた時の景色。
人波は歩道いっぱい。
車道は車でいっぱい。まるで駐車場みたいに動かない。
そんな中でモクモクと歩いている。
道が壊れているわけではない。水が溢れているわけではない。
いつもとちょっと違う景色にちょっとだけ高揚しているようにも見える。

コンビニからは友達と食べるのか、袋を2つ、3つ下げた人が出てくる。
地震から1時間も経ってないのにピッカピカのヘルメットをかぶっている人がいる。
非常用と書かれたギンギラのリュック背負っている人もいる。
深刻な顔の人はいない。

私は自分のリュックの中に入っているものを思い浮かべてみる。
携帯はもちろん、充電器もあるぞ、飴もあるし、チョコレートもあるし、水も、小銭も。
新宿まで、青山まで歩けた体力と気力を自画自賛。
しかし、テレビの画面で被災地の現場を見て愕然、というか〜
自分の感覚と、起こっている現実の巨大な時差?に計り知れない違和感とショックが。
自画自賛した私の力?なんて、虫みたいなものだ〜!

東京は殆ど被害を受けていないのだったのだから。
電車が動かない!それだけのことなのだから。

翌朝、ひたちなか市の担当の方から電話があった。
その声は静かで穏やかだった。
朗読の公演がおこなわれるはずだった会館が避難所になっているって。
まだ数人連絡が取れていないと〜(後に全員の無事が確認されたって)


ツイッターでもいろんな国語で、日本の地震が話題になっている。
どこかのとある知事が、この地震のことを「天罰」だと言ったとか言わないとか。

日本人がそんなことを口走っている中、全国から、いや全世界から救援隊がやってくる
どこの人が言ったのか忘れたので申し訳ないが、こんな言葉を聞いた。
「私たちの心を日本の東北に向けて一つにしよう」

テレビを通して東北の景色を毎日見ています。
がんばって〜!なんて、声かけられない景色です。
寒くて、お腹がすいて、眠れなくて、怖い日々が続いているのだと思います。
私が今まで味わったっことのない気持ちでいるのだと思います。

なぜだか、これからの私たちにきっと忘れられない、何か大事なことを教えてくれる存在のような気がします。

天光眞弓

2011年3月14日 (月)

救援

16年前の阪神淡路大震災。


朝、揺れに飛び起きた。
すぐにつけたテレビの画面に大阪や京都の震度はでていたが、
兵庫県だけはボッカリあいていた。


それから数時間後、テレビは火の海の神戸を映し出していた。

大阪湾を隔てた私の住まいの頭上を、
自衛隊の輸送機がひっきりなしに飛び続けた。



今回、宮城県で仕事をしていて地震にあった芸能人が、
テレビ取材に電話で話していた。


「今、東京に帰る車の中です。
対向車線を自衛隊や他府県の消防車、パトカーが走っています。
心強いです。早くいってあげてと思います。」


全国から、そして他国から救援隊が被災地を目指している。


行方不明者の捜索、
遺体の収容、
瓦礫の撤去、
炊き出し、
ありとあらゆる仕事を黙々とこなすために。


今、この時も。

早く、早くと願わずにはいられない。


演出助手・渡辺

2011年3月11日 (金)

大丈夫ですか⁈

たいへん大きな地震がありました。

都内のアルバイト先にて、船に揺られているような大きな揺れを長い時間感じました。

引き出しが飛び出してきたり、
パソコンのモニターが前面に出てきたり
揺れがおさまったと思ったら、何度も揺れがきたり
まだ今も揺れているような気持ち悪さがありますね。
高彩は、自宅に帰れずバイト先に待機中。


みなさま〜大丈夫ですか〜?

ひたちなかのみなさ〜ん大丈夫ですか〜?


あ〜ぁ、こんな時にこんなブログをアップすることしかできない…
無力(>_<)


↓ORAちゃんとツーショット
災害に遭われた方々に応援パワーを送ります
m(_ _)m

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おりめサンの“バカもやすみやすみに言っちゃう!”

『トイレの丹下左膳さま』


最近はなかなか耳にしなくなった人名なので、かいつまんで申し上げるが、
“丹下左膳”とは昔、映画やテレビで主役をかざったお侍さんの名前である。

彼はなんかの理由で片腕しか使えないにもかかわらず、剣の達人なのであった。

って、別にその丹下さんが神様のようにトイレにおられる訳ではない。
つまり、、、その、、、トイレで片手しか洗わないご婦人ことを私は心ひそかに

“丹下左膳”と呼んでいる、、、、ということである。

丹下左膳婦人は神出鬼没だ。
場所が場所だけに、私は当然ボーっと鏡前に立っている。

と、突然私の横にスーッと現れ、
蛇口をむんずとつかみ、流れ出た水に“その手”を突っ込み、
何度かグーパーグーパーし、“その手”で再び蛇口を閉め、
“その手”を軽く数回振り、サーッと出て行かれるのである。

気のせいか、ハンカチを使ったところを見たことがない気もする。
多分、偶然だと思うが。

ある意味テキパキとしたその行動にあっけにとられた私は、
そのご婦人の後姿を目の端で見送りながら心の中でつぶやく。

『丹下左膳、見参!』

丹下左膳婦人の片手は丹下婦人のものである。

私に一切関係ないことなのだ。

なのに。。。。

この、なんて言おうか、なんとなく理不尽な残尿感みたいなものはなぜなんだろう。

「両手洗おうよ!使ってなくても使っても、まずは両手あーらーおうよー!」
などとシュプレヒコールする“両手洗いましょう組合”の会員ではないのだ、私は。

私は時々昨日使ったハンカチを使うことがある。
部屋もちらかっている(これは関係ないかなぁ)
でも、でもである両手は洗うのだ。

アライグマだって両手は洗う(これも関係ないけど)
キム・タクだって洗う。
オバマ大統領だって洗う。

サザエさんだって、サンタクロースだって両手は洗う、きっと。

丹下婦人は神出鬼没だと先程書いたが、実は出没頻度の高い所を私は知っている。

それはカルチャーセンターだ。
以前、カルチャーセンターに通っていた頃、時々お見かけした。

ある意味、ご婦人方にとって社交場的要素もあるカルチャー。
身なりのきちんとした、あるいは華やかなスタイルの丹下婦人を
お見かけしたことが何度もあった。

カルチャーセンターにおられる丹下婦人は、他のところの丹下婦人と少し違う。
流水に片手を突っ込む時の勢いになにやら確信めいたものがある。
少しの疑いもないその動作に、私の声に出して叫んでしまいたい衝動は正比例していく。

「丹下左膳 見参! その所作に一片の曇りなしッ!!」

・・・を口の中へ飲みこんで、再びボーッと鏡前に立ちすくむ私の頬の肉は
こころなしかいつもよりたるんで見えた。

2011年3月 9日 (水)

「なぜか…不思議に…シェイプアップ」 近内仁子

稽古が無くなったのに、食べる量は変わらないため

公演が終わると、たいていサイズアップしますwobblysweat01

なのに、なぜか大阪・名古屋公演が終わった今

ウエストサイズがやや細まった感があり、しかも運動後のような軽い腹筋痛もあります。

なんで?なんで?とハテナマークの日々を過ごしていました。

ある日、「はーっくしょん!!」

とクシャミの瞬間、腹筋をつって、はたと気付きましたflair

……花粉症のクシャミの連発で、腹筋が鍛えられてシェイプアップしてたのではないかと!sweat01

花粉症でシェイプアップ……嗚呼、スギ花粉の季節が終わった後のリバウンドが怖いup

2011年3月 8日 (火)

「てんこうランドでちょっとひといき」〜天光眞弓

私の回りでは時々不思議なことが起こる。

モノが消えるのだ。
ポルターガイストか?!
家のどこかにブラックホールがあるとしか思えない〜!

メガネ、ボールペンが消えるのは日常茶飯事〜
「携帯、ソファの脇に置いたよね〜」
「前にカブのお料理したよね。炒めたんだっけ?茹でたんだっけ?何の味だっけ?」
「大根、まだあると思ってたけど、いつ、誰が食べたんだ〜?!」

ある日、芹川さんと借りてきたDVDを見ていた時のこと。
半分くらい見た頃、私にはどういう展開になるか、カンが働き始めた。
横で見ている芹川さんも目が輝いてきた。

「ねえ、この二人、刑務所に入るんじゃない?」
「娘は一人で生活するようになるんだよ」
私達なりのドラマ予想をかなり確信めいて展開させた。
すると、なんと予想的中!
場面は次々と私たちの予想通りに進んで行く!
見ている客にこんなに展開がわかられる作品って、いかがなもんかしらね〜
私たちの洞察力?想像力?もけっこうなものじゃない!?
評論家気取り。

ところが、もっと進んで行ったところで
「あ、れ〜?!!!」coldsweats02
「これ!?」coldsweats01
「み、み、見た!?」
「あ〜!見た!いつだったかすっかり忘れたけど!」wobbly
「見た!借りて来て、こうやって二人で見た!」sad

ああああ〜
展開が、結末がわかるのも当たり前だ〜
そりゃ、予想じゃない!見たことがあるんだから〜!

あああ〜

こうして年々、不思議な出来事は日々の生活のここかしこに湧き上がってくるのであった。

天光眞弓coldsweats02bearing

2011年3月 7日 (月)

「新聞記事 ~スモールワールド~」 演出助手・渡辺

スモールワールド『ちょっとうれしい』名古屋公演の劇評が新聞に掲載されました。

2月26日(土)と3月3日(木) 中日新聞(東京新聞)

2月の記事は劇評論家の安住恭子さん、3月の記事は劇作家の北村想さん。
どちらも昔から劇団青い鳥を見つづけて下さっている方です。
温かい言葉をいただきました。

“評判”というのは気になるものです。
「そんなこと、気にしてられないわよ!」なんて強がってはみても、
自分たちの作品が、想いが、姿勢がどんなふうに伝わったのか…。
感じてもらえたのか…。

特に『舞台』は反応がダイレクト。
目の前で笑ったり、泣かれたり、難しそうな顔をされたり。
私はいつも舞台袖から客席が見えるときは時々のぞき込み、
見えない時は耳をそばだてます。

客席から朗らかな笑い声が聞こえると、ホッとして気持ちが
暖かくなります。

さて、二つの記事。
抜粋ではありますが、記載させていただきます。

安住恭子氏

「出演者の素をさらけ出す即興は、客との距離を一挙に縮めるが、
多分に危うい表現でもある。
劇団青い鳥の「ちょっとうれしい」はあえてそれに挑戦した。
即興を積み重ねて生み出したシーンに現場の即興も加え、
<素の力>で魅力的な舞台を作った。

母親の葬儀の後、末の妹が食べたお骨をめぐって、あらぬ方向に連想を膨らませる姉妹、
子供の情操教育のためにとどんどん歌詞を変えていく母親たち、
そして互いのわがままがぶつかり合う家族の夕食の風景等々。
その喜劇的風景には辛辣な批評と、彼らをいとおしむ温かさがある。

人間を鋭く観察すると同時に自分のこととしても引き受ける。
青い鳥の即興は、その捨て身の表現なのだ。

危うさに身をさらし、笑われることも引き受けて、人間の様々な悲喜劇を切り取った。
しかも音楽やダンスで装った美しい舞台として。
そこに感動という言葉では納まらない、生々しい情動が生まれた。」

北村想氏

「劇団青い鳥の新作『ちょっとうれしい』を観たが、「ああ、こんなイイものを観たんだから、
もう、死んでもいいや」という気になった。

劇団青い鳥のお姐さんたちは還暦を迎えて(過ぎている方もいらっしゃる)、
今なお舞台を続けることに、「なんの因果かしらね、よほど前世で悪いことをした
報いだわ」なんておっしゃるのだが、いや、そうではナイ。
天使の地上勤務(任務)というのはキツイのだ」

かなり抜粋させてもらったが、北村想さんは前述で

「あっさり言いき切ってしまえば『天使が徒党を組んで悪事を働く』と、
これが演劇だ。」

と書かれている。

「ちょっとうれしい」を終えて
青い鳥の天使たちはその翼をしばし休めております。

いろんなことで傷つき、酷使した翼であります。

またパタパタとその小さな翼をはためかせて
地上勤務に舞い降りるその時が来るまで…。

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2011年3月 6日 (日)

開店休業・・・たとえば・・・芹川藍


「藍!戯言ぽつり」も、この青い鳥ブログ日曜日担当も、しばらく開店休業します。

なんだか気力がなくなってしまいました。



まるでコップに水が貯まる暇もなく、いろんな事をやってきた気がします。

もう喉がカラカラになってしまった気がします。

それは例えば料理を作るそばから、だれか食べるような……。


それは例えば……お腹いっぱいなのに蕎麦の入れられるワンコ蕎麦状態のような。


それは例えば…何年も横綱をはった千代の富士が「気力の限界!」と言って引退したような。


それは例えば、偽物のウサギを全速力で追うドッグレースの犬のような。


それは例えば、灼熱の砂漠で湖を見つけ、息も絶え絶えにたどり着くと幻覚だったような。


それは例えば、何十時間も不眠不休で並べた何千個のドミノのラストの1個を置いたとた

ん倒れるような。


それは例えば、42.195キロ走った夢を見て起きたらマラソン大会だったように。


それは例えば、おトイレに行きたくって駆け込んだらトイレットペーパーがなかったように…。

ん?

なんの例え?

だから
それは例えば、例えば、
例えば~~~!



はぁ~~~。


だから  休みたいんだよ~。

2011年3月 5日 (土)

そうだったのかぁ  葛西佐紀

私は毎日、京王井の頭線を利用している。
朝のラッシュをさけて、「富士見が丘」始発の電車に乗り換える。

そのホームのすぐわきに子供向け遊具のようなオブジェが立っている。
キリンである。

彼は(いや彼女かもしれないが)、鼻に大きな黒いウレタンのボールをつけられている。
そして騒音、振動のデシベルを測定しているのだ。

私は電車が遠くからデンデンゴンゴン、デンデンゴンゴンと近づいてくるたびに、
そのデシベルの数値を確認する。
その数値は微妙に変化していて、私はヨシヨシと思うわけであるが、

キリンはキリンで、「私、お仕事しています」的とでもいおうか、
神妙な顔つき、堂々とした面持ちである。

なぜキリンなんだろう、これを作った人はなぜゾウやパンダやクマではなくて
キリンにしたのだろう。
そんな疑問を頭の端にかすめながら、
私はデシベルの数値ばかりをみていたのであるが・・・・・・

三日前、その疑問に終止符を打つこととなった。

彼の胴体の下の方に、小さい字で名前が記されていた。

きんりんくん

そうだったんだ、君の名はきんりんくんで、
きんりん住民の方たちのために、晴れの日も雨の日も、日夜休まず、
デシベル測定してるんだぁ。

きんりんくん、という名のきりんくん

どなたか、なんかのおりに富士見が丘駅のホームに降り立った際には、
きんりんくんの仕事っぷりを見てやってください。

彼も立派にお勤め果たしておりますから。


2011年3月 4日 (金)

おりめサンの“バカもやすみやすみに言っちゃう!”

ミッキーはすごい。
ディズニーランドに住むあの生き物である。

去年のあのおそろしい真夏日、めいっぱい“パー”に開いた手のひらを
プルプルと動かし、来客の声援に全身で答える様子をニュースで見た私は、
不覚にも感動してしまった。

なんでも彼はアメリカやフランス、香港、東京などそれぞれのディズニーランドには
同時に登場しないのだそうだ。

だってミッキーは地球上に一匹だけだから…。

なんという“すき”の無さ。
なんというプロデュース力。

だからこの不況下でもあの国、ランドは商売繁盛なのだ。

が、しかし、わが国には“ひこニャン”がいる。

どこかの県のなんとか城のマスコットとして超有名なのだ。

それにひこニャンだけじゃない。
“ゆるキャラ”と呼ばれる生き物が日本中アチコチに生息していて
それはミッキーと比べるとかなり貧相だったりする。

頭と胴体のつなぎ目から見えてはいけないものが見えたり、
真夏の暑さにフラフラとへたりこんだゆるキャラも見たことがある。

それでも“かわいい”と“かわいそう”の間を行ったり来たりさせてくれる
ゆるキャラが私はなんとなく好きだ。

そう、私たちはゆる~いものが好きだなのだ。

そう思っていた。 K-POPが来るまでは。

突然、お話が変わって申し訳ないのだが。。。

歌のクオリティがハンパ無く高いくせに(?)、その身長で長い手足をブルンブルンさせて
ダンサーなみの、いや、それ以上のキレのダンス。
その上、日本語がうまい。いや、うますぎなのだ。

どこまでも巧みなそのプロデュース力、K-POP。

数年前、ヨン様とチェジュウ姫の波にヘロヘロにされた私たち中年だったが、
今回の波はちょっと質が違う。
その戦略的、政治的、プロデュース力は少し恐いくらいだ。

それまで私はゆる~いものを良いと思ってきた。
ローラースケートに乗り、時々コケるのがお愛想のアイドルグループ。
NO.1よりオンリー1と軽い手振りだけですますアイドルグループ。

私たちはこう思ってきた(多分…)

「歌は今ひとうだけど、あの子わりとMCうまいから、ま、いいんじゃない」

「歌もダンスも顔も今ひとつだけど、性格いいし…、ま、いいんじゃない」と。

そこを突いてきたのだ。

キビシイ競争社会で生き残ってきた精鋭の彼らは、
時に顔まで変えてやってくる。
その肝の据わり方は「寿司食いねぇ」と、ちと違う。

先日、友人が新大久保で忘年会を開いたと聞き、

「えッ! 新大久保? ね、ね、韓国人のイケメンいた? ね、ね」と
思わずテンションをあげてしまった私に、友人のあきれ顔。

私は思わず我に返り、顔が熱くなるのを感じた。

そしてまた突然、お話は変わる。

TVをつけると歌手が歌っている。

サザンのクワタだ。

画面の中で病み上がりのクワタ君は、少しほっそりし、
ちょっとだけ青年にもどったような、
それでいて少し老成したようにも見える。

LとRとTの独特の発音で、おどけた動きで歌うクワタ君は、
ひとことひとことをかみしめるように、丁寧に、
そしてゆったり歌っていた。

私はじゅずつなぎに流れる頬の涙をふかずに見つづけた。

2011年3月 3日 (木)

「今日は雛祭り!」森本恵美

今日は、劇団青い鳥ミーティングです。

ですが…ひな祭りということで葛西さんからは手作りキッシュ、
201103031903000

長井さんからはよもぎ餅、
201103031904000
渡辺さんからおせんべいの差し入れがありまして
201103031904001
今からいっただっきまーす)^o^(

ヒュゥ〓〓

ひな祭りサイコ〓〓〓

2011年3月 1日 (火)

「てんこうランドでちょっとひといき」〜天光眞弓

ああ〜!(;д;)bearing(p_q*)
今年もやってきた〜!
飛んできた〜!
あの粉!
舞い散る粉!
杉の花粉〜!


「花粉症」
私の花粉症歴はすでに30年近くになる。
私が花粉症のなりたての頃は、花粉症の正体はこんなに知られていなかった。

熱は出る、頭は痛い。顔は腫れる〜
しつこい風邪だと思い込んでいた。

それが花粉症だとわかったのはその翌年くらいだったかもしれない。

「花粉症」
その名前が世の中で言われるようになって、複雑な思いがよぎった。
花粉症?これが?
これが、あの花粉症?
あの、花粉症、なのだった。

その昔〜
「花粉症」なんて言葉、聞いた事もなかった。
初めて知ったのは・・・
漫画だった。
覚えておいでの方、いらっしゃるだろうか〜
漫画家”上村一夫”
その頃・・・というのは、だいたい40年くらいまえでしょうか〜
「同棲時代」というシリーズが有名になった漫画家だ。

ある作品の中に、登場した一人の女性。
艶っぽい、しなだれかかるような横顔。
バックには覆いかぶさるような大輪の百合の花が描かれていた。
そして彼女は伏し目がちにつぶやく、けだるそうに・・・
「私、花粉症なの。だから外を歩けないの」
みたいな台詞・・・

花粉症のなんたるか知らなかった二十歳過ぎの私には「花粉症なの」の響きは
なんだかなまめかしくて、妙に色っぽくて。

そして迎えた30歳半ば、鼻水、涙、止まらないくしゃみ
これが、あの、その大輪の百合を背負って、伏し目がちに黄昏れの表情を浮かべてた、
その花粉症の正体か〜!?
まさか、あの彼女が「外に出られない」のは鼻水ズルズルで、涙がグシュグシュで、のべつまくなし
ハックション!ハ、ハ〜ハ〜ヒャックション〜〜〜!!!(≧∇≦)∑(=゚ω゚=;)
だからだったなんて〜

なんだか納得いかない季節を今年も迎えた〜!

花粉症の皆さ〜ん!
特効薬はないけど、身体冷やさないで、なるべく体温高くしてあげてください〜
熱いスープ、お茶を飲むとか
ホットタオルで首筋、目の上を温めるのもまあまあな方法です。

例年の数倍などという予報のオドシにめげないで、春、楽しんでいこう〜!

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